カテゴリー「青森」の記事

2008/06/17

ツル多はげます会

僕が高校3年間を過ごした、青森県北津軽郡鶴田町で、「ツル多はげます会」が開催されたようだ。ひょっとすると「ツル多はげます会」の人が登壇しただけなのかもしれない。写真は弘前在住のaustinetteさんのもの。


from austinette

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2008/05/09

読売テレビ虎谷温子アナは弘前高校卒業生

僕の出身校である弘前高校の会報20号で知ったが、土曜朝の「ウェークアップ!ぷらす」に出演している虎谷温子アナは、弘前高校卒業生だそうだ。ブログも発見した。


from shinyai

 

リンク: 虎谷温子のとらりんご.

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2008/05/07

相馬にて、山菜採り、MVE育成

naoyaiの逝去者記念日が終わり、翌日5日は旧相馬村まで山菜採りに出かけた。
山菜採りには、幼少の頃から、家族みんなでよく行った。少し大きくなってからは、山菜採りに行くのを億劫がることも多かった僕だが、それでも、「働かざるもの食うべからず」と言って、よく連れて行かれた。その後、数年前に母が大病をし、しばらくは自粛していたので、山に分け入って山菜採りができることそれ自体が、今はある種の「お恵み」となっている。

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2008/04/02

弘前市中心市街地活性化基本計画パブコメ

弘前市が中心市街地活性化基本計画をまとめ、昨日からパブリックコメントの手続に入った。

リンク: 弘前市中心市街地活性化基本計画(素案)に係る市民意見の募集(パブリックコメント)について (2008年04月01日).

陸奥新報の記事によると、「JR弘前駅周辺と大町、土手町、鍛冶町、百石町などの商業集積地」だけでなく、「歴史・文化的資源が多く立地する弘前公園および周辺地域」が、今回新たに対象に加わったそうだ(弘前公園もエリアに/中心街活性化計画で市民の意見募る by 陸奥新報)。

意見は21日まで受け付ける。

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2008/03/28

津軽遺産

津軽遺産認定実行委員会が、5件の「津軽遺産」を認定したそうだ。

リンク: 地域 北海道新聞:蒸気ポンプなど5件が「津軽遺産」に 弘前、平川両市.

認定されたのは、ろうそくまつりやミニ炭俵の製作で知られる「旧相馬村沢田地区」、戦乱の歴史を後世に伝えるとともに、眺望も素晴らしい「石川城址(じょうし)大仏公園」、弘前地方の在来種トウガラシ「清水森ナンバ」、津軽に古くから伝わる水あめ「津軽飴(あめ)」、弘前消防本部が保管する、大正期の貴重な「蒸気ポンプ」の五件。

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2008/03/10

一戸時計店

このところ、1-3ヶ月に1回ぐらいでメールをやり取りしている、大学時代の先輩(アメリカ留学中)から、さっきメールが来た。彼女はこのブログで僕の近況を把握してメールを送ってくれるのだが、メールのやり取り自体はゆったりしていて、いつ出したのかも忘れてしまうほど。「人生は短い」論を交わしている二人のやりとりということもあり、さしさわりのない部分は「公開書簡」でお返事してみようと思う。

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2008/02/25

弘前市が観光施策「弘前感交劇場」の推進本部設置へ by 陸奥新報

東北新幹線が青森まで延伸するのを見越して、僕の実家のある弘前市も観光振興に力を入れようということのようだ。

リンク:   弘前市が観光施策「弘前感交劇場」の推進本部設置へ by 陸奥新報.

弘前市は、市内の観光関連団体などが進める観光施策「弘前感交劇場」の推進本部を新たに設置する。新年度予算案に本部設置を含む弘前感交劇場推進事業費1266万9千円を計上した。東北新幹線新青森駅開業を2010年に控え、産学官が一体となった組織を構築し、市の観光全体について施策展開していくほか、弘前大学に観光資源の開発研究を委託。学生や市民の目線で市内に眠る“お宝”を発掘し、新たな観光資源化を図る。

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2008/01/07

斎藤三千政『青森県ゆかりの文学』

高校時代の恩師である、斎藤三千政先生が著書を出版されたとのこと。nonvlogで知った。おめでとうございます。

:::nonvlog from nonvey:::: 「青森県ゆかりの文学」 斎藤 三千政

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2007/08/05

弘前市立博物館の弘前ねぷた展

一家でねぷたを見た翌日4日、両親、上の妹と弘前市立博物館の弘前ねぷた展へ行ってきた。ねぷたの館ねぷた村に比べるとかなり地味で、マニアックな展示なんだけれども、ねぷたに関する理解は格段に立体化した。毎年この時期に開催されていると思うので、ねぷたにあわせて弘前を訪れる方にはオススメ。昔の弘前ねぷたの観光ポスター、江戸時代以降の記録、戦後のねぷた絵師の作品などが展示されていた。 

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弘前ねぷた

一戸時計店前にて、何年ぶりかの弘前ねぷた鑑賞。弟の納骨は来月に延期されたのだが、妹たちがすでに休みを取ってしまっていたこともあり、せっかくなのでみんなで集まることになった。ねぷたで弟を送りだす気分になるのかなあと、僕は思っていたけれど、あんまりならなかった。ねぷたで思い出されるのは、どちらかというと、祖母のことや、子供の頃一緒にねぷたに参加した従兄弟のことだった(従兄弟も昨年亡くなった)。僕も弟も上京してからかなりの時間がたっているし、一度上京するとねぷたにあわせてみんなが集まるってこともめったになかったので、ねぷたに関する共通の思い出があまりないのだろう。もちろんそれでも、地元に対する評価が大きく異なる僕ら兄弟が、一致して評価するであろう数少ない文化の一つに、ねぷた祭りがあるのは間違いない。

Hirosaki Neputa

弘前市民の、とりわけ高齢の人たちには、各ねぷたの絵の品評を行う人が、たぶん多い。いや実はよくわからない。夏祭りで興奮しているから、絵なんて大して見てない人のほうが多いのかも。ただ少なくとも、一戸家はずっと、絵を中心にねぷたを見ていた(弘前ねぷたは、三国志、水滸伝その他を題材にした武者絵が描かれている。青森ねぶたと異なり、二次元の「絵」が中心だ。)。

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2007/08/04

木版画で描く津軽今昔:一戸泰彦展

ねぷたシーズンにあわせて、父が弘前市内の喫茶店で、版画作品を展示している。
今日、両親、上の妹と4人で、喫茶店に行ってきた。ねぷたを題材にしたものを含めて10数点、こじんまりとしたものだ。

Exhibition, "Age Now Past of Tsugaru Area"

Made by Yasuhiko ICHINOHE

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2007/08/03

弘前へ

特急電車にとびのって、昨晩弘前の実家に戻ってきた。
昨日は天気もよく、日本海に沈む夕日は見事であった。
Sunset

新潟は今日から新潟まつりだが、弘前はねぷたまつり。昨晩は到着が遅かったのでみていないが、今日は家族でねぷたを見に行く予定。

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2007/06/22

野呂馨先生逝去

今朝母から、野呂馨先生が亡くなったという連絡があった。71歳。

伝聞なので少し慎重に書こうと思ったが、弘前高校で高3のときに担任だった野呂先生のことで間違いなかろう。板柳高校の校長を最後に退職されたという。
穏やかでいい先生だった。センター受験から早々にドロップアウトした僕らのことも、暖かく見守ってくれた。ホームルームの時間、受験のことで悩む生徒たちに向かって、慎重な言い回しながら、「親には苦労をかけるものだと思う」と断言されたのを、なぜかよく覚えている。

数年前に同窓会でお会いしたのが最後になった。弟の死の教訓は、会える人には会っておいたほうがいいというものなのだが、結局今回も、「反省するだけ」になってしまった。

# 同期のmixiコミュにも、nonveyから情報提供がされていた。

大変お世話になりました。
ご冥福をお祈りいたします。

# 追記:
野呂先生は大学時代から歌をやられていて、英語の先生なんだけど、よく教室で美声を披露されていた。弘前高校の校歌の冒頭、「あおぐもたかく つがるのあけて」のところを、「あおぐぅー」と「ぐぅー」を力強く歌われるのが特徴で、みんなよく真似していた。

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2007/05/13

津軽学

正月に弘前の紀伊国屋書店で見つけて、なんとなくそのときは買わなかったのだが、今回「津軽学」 というシリーズの1号、2号を買って帰ってきた。東北芸術工科大学赤坂憲雄教授の「東北学」研究と連携しての取組みのようで、同様に「会津学」「盛岡学」「仙台学」「村山学」といったシリーズがあるようだ(弘前の紀伊国屋書店には揃っていた)。

もともと津軽の人、とりわけ地元にいる人の郷土愛は強い。他地域から来た人には共感不可能と思われるものも多いように思う。しかし郷土愛の強い人とよそ者が、互いに遠慮なく、その地域について語り合うことで、より郷土への理解が深まっていくであろうし、そういう意味では郷土愛の強い人の存在は、地域学にとって不可欠のものとなるであろう。

ぱらぱらとめくった感じでは、昔の津軽の風景がでてきたりして、めくるだけでもなかなか楽しい。父の版画作品を見てくれる人たちと、どこかでつながるような気がしないでもない。

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2007/03/26

まるごと青森 : 剣吉駅前の揚げたてコロッケ

リンク: まるごと青森 : 剣吉駅前の揚げたてコロッケ.

青い森鉄道の剣吉駅を降りたところにある商店街に「なつぼり」というお店があります。このお店、基本的には食料品店のようですが、午後になると売り始める 惣菜が大人気。店を入ってすぐのところで、コロッケや唐揚げなどの揚げ物を揚げており、その音と香りが食欲をそそってくれます。

この店は「ぶたや」という屋号で呼ばれていた店のことだろう。懐かしい。

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2006/10/20

味っ子漬

気になったので調査。

テクノラティでは、「味っ子漬」の検索結果は2件。「オカムラ食品」は10件。

Googleブログ検索では、「味っ子漬」の検索結果は1件。「オカムラ食品」は3件(当ブログの直前エントリーがもう出てきた)

意外にも、ミクシー内の検索には、いずれも出てこなかった。

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2006/04/09

津軽人

先ほど自転車が到着した。
「宿題」を片付けて、午後から隅田川沿いを走ってみよう。
ユーミーが浅草に行ってみたいそうなので、どれぐらい距離があるか、チェックしてみるか。
あ、でも新幹線のチケットが先か。

さて、表題の件。
東京にきて、荷物を持ってきた引越屋さんのリーダーは、津軽訛りの人だった。
聞いてみると、尾上の人。出稼ぎだそうだ。
駅前の髪切り屋って知ってますか?と聞かれた。
息子がそこで働いているんだという。
自分では標準語でしゃべってるつもりなんだけど、というその喋りが訛っていた。
僕らの世代でも、訛りなしでしゃべることのできない友人がいたが、今の世代はどうなんだろう。
大学生のうちの妹も、地元どっぷりで、日々津軽弁で暮らしているが、彼女は切り替え可能なんじゃないかという気がする。

一昨日、往復二時間かけて、月島警察署まで行き、免許の住所変更。
ここまで遠いなら、自転車が来てからにすればよかったと反省。
で、窓口にて。
「あー、旭川ですねー、寒そうだなあ。私も青森なんだけど。。。あ、本籍青森ですか。私も五所川原とか鶴田とか、いっぱい親戚いるんですよ。もうずっと昔のことですけどねえ。」
五所川原は僕の出生地で、鶴田は高校時代に住んでいたところ。
警察の窓口での話なので、大して話が広がることもなかったが。

予想外の津軽人との邂逅は、何を意味するのか。

いや何も意味しないか。

でも短期間にこんなに津軽人に出くわすのは、本当に珍しい。


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2004/10/16

父の版画展

14日から、弘前市の田中屋画廊で、父一戸泰彦が版画展を開催している。

IMG_8333.JPG


父は芸術肌で、僕が小さいときから、絵画、版画、フルート、歌、写真、いろいろな芸術系の趣味を楽しんでいた。子供達、とりわけ自分にはまったく遺伝しなかった。だいたいその時々のブームがあったのだが、版画は毎年の年賀状で、かなり力の入った多色刷りの版画を作っていた。版画の多色刷りは、色ごとに何枚もの版木を用いるので、結構大変。しかし出来上がった作品は、いつも好評で、毎年年賀状をもらうのを楽しみにしているという声もあった(もちろんリップサービス込みだろうが)。

銀行員だったが、趣味の時間のほうが生き生きしていた。「昼は銀行家、夜は社会学者」といわれたのは社会学者のシュッツだったと思うが、父は「昼は銀行家、夜はミケランジェロ」、あるいは「平日は銀行家、週末は趣味人」だった。

55歳で銀行を退職し、地元弘前の建設会社に移った父は、生まれ育った町弘前の懐かしい風景を中心に、普段から版画の製作をはじめた。銀行時代の知り合いの紹介で、何度か銀行に展示をしてもらったりしていた。同じように懐かしさを共有できる人が、何枚か買ってくれたようだった。

今回は初めての正式な個展であり、そのために新しい作品も作ったようだ。主として昭和30年代を想定しつつも、岩木山、ねぷた、桜、弘前城、りんごなどのテーマは、弘前にゆかりのある人々にとって、なじみのあるものばかりである。

父は弘前の中心街にある時計店に生まれた。時計台のある時計店で、街のシンボルであった。今もときどきマスコミの取材などで取り上げられる。父は時計店を継ぐことはなく、銀行に勤めた。その間に弘前の街並みはどんどん変化し、かつての中心街は空洞化している。

人々の話す言葉は、今も津軽弁だが、昔に比べればかなりわかりやすくなった。何いってるのかわからない、早口で津軽弁を話すお年寄りも少なくなった。都会と同じチェーン店もどんどん増えている。

すすみゆく「都会化」「標準化」は、人々の閉鎖的な感覚を変えていくのであれば、決して悪いことではないと思う。しかし弘前には、桜やお城やねぷたや、何より独特の文化の香りがある。それは閉鎖的な社会の名残なのかもしれないが、かといって単なる「観光資源」としてとらえるのも一面的だと思う。古くからあるものを単に放棄するのではなく、資産になるものをどのように残していくかということを考えたほうがいい。もちろん「資産」になるものはなんなのか、それは誰にとっての資産なのか、という問題があるのだけれども。

父の版画が父の過去へのノスタルジーに終わることなく、人々にそういう視点を与えるものであったほしいと思う。

さて、これは「郷土愛の弊害」を生むだろうか。

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