稚内副港市場ブログ
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
僕の前任校である、wakhok、稚内北星学園大学が、新しいシンボルマークとロゴを採用した模様。ウェブページの色合いも赤茶色に変わった。
このほか、卒業式、入学式での、佐々木学長のメッセージが公開されている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
以前、阿倍野ヒューマンドキュメンタリーコンテストで、wakhokの研究生、牧野竜二君が入賞したという記事を書いた。この牧野君、今度はアップルジャパン主催の「第1回学生デジタル作品コンテスト」、Podcastingコンテンツの部で、最優秀賞を受賞した。
おめでとうございます。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
稚内時代のゼミ生たちが、昨年暮れの12月30日に、札幌で忘年会を開催した。僕は宿泊つきじゃないので行かないことにしたのだが、結局朝まで飲んでいたらしいので、宿泊したのと一緒だった。
リンク: We are here. イチゼミ忘年会のお知らせ【終了】.
先日写真のURLが送られてきたので見たが、みんな元気そうで、世代の垣根を越えて交流していたので、安心した。
「企画力・実行力のある集団」であった稚内のイチゼミは、今となっては懐かしい記憶で、敬和で同じ集団を作りたいけれども、作ろうと思ってできるものではないんだなあとつくづく感じる。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
稚内北星の東京サテライトに在籍していた(過去形でいいはず)、白石俊平さんが、Google Gearsに関する本を出版されたことを知った。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨日北海道新聞が、稚内北星の丸山学長の辞任を報じた。
リンク: 教育 北海道新聞:稚内北星学園大 学長が辞任 経営刷新へ.
丸山先生は、2000年の開学以来、経営者、指導者として、常に先頭に立って活躍されてきた。今回の辞任をめぐる議論の経緯を詳しくは知らないし、これについて今の僕が、あれこれ論評するのは避ける。が、開学前を含めると10年近くになるであろう、丸山先生の最前線でのご活躍には、とにかくおつかれさまでしたと申し上げたい。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
稚内のNPO法人、映像コミュニティムーブユーのメンバー、牧野竜二君制作の映像作品、「母校がなくなる日」が、阿倍野ヒューマンドキュメンタリーコンテストで入賞を果たした。
リンク: ムーブログ: 阿倍野ヒューマンドキュメンタリーコンテスト入賞!!.
稚内郊外にある抜海小中学校の閉校までを描いたもの。抜海小中が閉校したことを、僕自身は、今日まで知らなかった。
新聞、テレビなどのニュースに取り上げられ、学校は負のイメージがつきまとっている現在ですが、抜海小中学校は昔ながらの地域の象徴としての学校がそのままにありました。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ネパール滞在中、「俺もブログやりはじめてさ」と学長が言い出した。
デジハリの杉山さんばりにやってみたら?という話は、何度かちらちらと出ていたが、あまりご本人気乗りしなかったという話を側聞していたのだけど。なんにせよ、こういう形で学長の考え方が表に出て、共有されるのはいいことだと思う。
最近の投稿で、日本語教育ボランティアでネパールに行った、健司のレポートが引用されている。彼を送ってよかったという気持ちは僕も同じだ。在学生であること、成績があまりよろしくないこと、いろいろと反対意見があった。でも昨夏のネパールでの彼を見ていた僕からすれば、結局彼は現場で何かを感じる人なので、今回ぜひとも送りたかった。彼の順応性の高さは、ロシア語のK先生やGタムも評価してくれた。
今の彼は、すっかりナガルジュナファミリーとなり、ナガルジュナの応援団としてがんばっている。
日本では、あまり学長から注目されることのなかった彼だが、今は学長からも大きな評価を得たようだ。がんばってほしい。
ところで学長ブログは、これまであまりまとまった形で外に出てこなかった、学長のWAKHOK運営に対する考え方が現れている。僕は決して「学長派」ではない(そう思われていると思うけど)し、IT教育にフォーカスするだけが道ではないとも思うけれども、いまの「国際化」に向けた挑戦は、自分の大学経営のためのようでいて、実は日本の大学教育の現状に対して、改革を促していく可能性を内包しているように思う。その中で、社会科学の側がどういう役割を担うのかは、実は結構重要だと思う。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
8月9日から、稚内-サハリン-稚内-札幌-バンコク-カトマンズ-ポカラ-カトマンズ-香港-札幌-稚内、と放浪し、2日早朝に無事稚内に帰着。
校務関係ではいろいろ成果がありましたが、さて学内で承認されるのは何%だろう。
成果が出れば出るほど、自分たちが新しい一歩を踏み出せるかどうかが問われることになる。
現場で感じたことを、自分が100%同僚に伝えなければならないのだけど、自信はない。
訪問した大学は、サハリンで2校、ネパールで5校。全部で7校分の報告が必要になる。長い出張は体力を奪い取るが、出張の長さに比例して、帰国後に処理すべき案件が増えることになる。
気晴らしに、ランダムな写真報告を試みたい。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
本日のWAKHOK-WISCPAブログ実習は、ここからスタート。
TBがどのように連鎖するか、参加者の皆さんの腕の見せ所です。
-お好み焼きはおかずになるか?(Papu)
-恋の桜は散る?散らない?(Papu)
-酢豚のパイナップルとサラダに入るリンゴはありかなしか(kent)
-トイレでどこまでズボンを下げる(kent)
-目玉焼きには醤油?ソース?(Papu)
- 稚内で暮らすなら、1度は利尻に登ろうよ。(ユーミー)
-男女に友情は成立するか。(ユーミー)
主要ブログサービス一覧(他にもあります)
-gooブログ
-livedoorブログ
-はてなダイアリー
-ドリコムブログ
-Exciteブログ
-Jugem
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (2)
14日から東京に来ている。
このところ旅ばかりだ。
22日に東京サテライトで授業を担当することになっているので、稚内のゼミ生をつれて、一週間動き回っている。とはいえ、そろそろ自分が疲れてしまったり、授業の準備もあったりで、そろそろ自由行動になりつつある。
私にとっては大して目新しくないことでも、学生たちには「初体験」のことが多く、大したことはしてやれていないけれど、いい経験になっていることだろう。当初5,6人の参加を見込んでいたが、やはり金銭的な負担は大きく、予定参加者は3名、うち1名が出発前日にインフルエンザにかかり、結局参加者は2名となった。授業をサボらせてどういうことだ、といわれそうだが、東京での就職を動機付けるためには、こういう経験が得がたいものとなるはず。個人的には逡巡なし。
とりあえず簡単な行動記録。
14日:OBのK谷に会う。忘年会ぶり。仕事にもまれ、東京にもまれ、落ち着きが感じられた。学生にいろいろと就職指南をいただく。
15日:タイフェスティバル。代々木公園で首都圏のタイ関係の店や団体が集まって模擬店を出すイベント。予想をはるかに上回る人出。東京人でもぐったりする人ごみに、ほとんど魂を抜き取られたように呆然とする稚内人たち。夜はホテル近くの琉球亭で沖縄料理を楽しむ。普段無口なJ君は、店のおかみさんがしきりにいじられていた。
16,17日:東京ユビキタス会議。WSISの準備会合で、各国政府関係者も多数参加。同時通訳はついたけれど、正直、学生がついていけるレベルの内容ではない。参加者リストを見る限り、学部学生で参加しているのはWAKHOKの二人だけのようだった。
17日:光文社訪問。昨年学園祭に来ていただいた中森明夫さんと編集部の皆さんとお会いした。稚内話が多かったような気もする。中森トークは相変わらず。
18日:フジテレビ、ニッポン放送訪問。それぞれかなり奥のほうまで見学させていただいた。いずれもローテクとハイテクが混在しているんだなという印象を受けた。
19日:名古屋へ。米国国土安全保障省の担当官パーディ氏によるサイバーセキュリティに関する講演。正直いくかどうか迷ったが、別件の用事もあり日帰り。東京に戻り、19時から東洋大学にてICPF主催の「録画ネット」に関する研究会。この問題についての世間の関心は高い。名古屋には学生は同行しなかったので、浅草見学などをしていたようだ。
で、もう20日。あさっての授業の準備があるので、今日は学生を自由行動にし、東京ビジネスショーを見に行くように行った。行くかどうかはわからない。
というわけで、今日中に準備を終わらせるようがんばりますので、サテライトの皆さん、もう少々お待ちください。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
Javaを学ぶ丸安ゼミ、映画を学ぶ岩本ゼミと合同の勉強会が、スタートした。
勉強会の名前はWISCPA: Wakhok Integrated Seminar for Collaboration and Partnershipで、音の響きで多少アレンジを加えて「ウィスパ」になった。とりあえず仮称ということで。ささやきあう研究会も気持ち悪いが。
さっそく課題になったのが、難易度の設定と発言しやすい環境作り。
結局、普段の授業と同じことなのだけど。
まったく違う領域を学ぶ学生同士が相互に議論を喚起しあう、という趣旨からすれば、レベルを下げるのはあまり好ましいことではない。プレゼンの仕方を工夫すればいいだけのことだ。だけれども、それも程度問題なのかもしれない。1-4年全員が参加する以上、下の学生たちの理解度が下がるのは、ある意味当然予測されることであり、そのフォローをある程度考えなければ、長時間の議論に耐えられない。
発言のしやすさを実現するのも難しい。ある意味リラックスした雰囲気で上級生たちは自由に発言していたが、1-2年が同じ感覚を共有できたわけではない。昨日の参加者はたかだか40人程度だが、40人でも知らない先輩もいるところで発言するのはなかなか勇気が要るだろう。
昨日選ばれた「運営委員」の間でも、意見は分かれているように感じた。これから1ヶ月の間に次回の内容を決めていくわけだが、とりあえず折衷的なやり方として、1-2年でも理解可能なセッション、3-4年中心のセッション、という組み合わせで進めるしかなさそうだ。結局、内容だけじゃなくて、誰がしゃべるかでも難易度は変わるわけだが。
上級生からのコメントとして、「1年の頃からこういうのをやってたらなあ。。」という声があった。分野をまたいだ研究会がこれまで成立しなかったのは、教員だけの責任だとも思わない。学生たちが自主的にそういうことを考えてもよかったはずだ。とはいえ、過去の経緯を振り返ってみると、自分が働きかけるべきタイミングもあったわけだし、責任を感じるところだ。でも、それだけ、上級生にはWISCPA(仮)の意義は伝わったということだろう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
プレゼンテーションのための英語表現を学ぶ勉強会を始めた。
場面ごとに必要な表現方法を学び、実際にプレゼンテーションを行うための作文を自ら行ってみた。参加した学生は2名。僕と留学生のGタムがコメントをつけた。まわりで聞いていた学生たちは、すごいことやってると感心している風だったが、別にたいしたことはやってない。こういうのは、むしろ授業に積極的に取り入れて、「要求」をつきつけたほうがいいように思う。
WAKHOKの英語学習に対する僕の考え方は、学生の現在の平均的英語レベルにあわせて授業を行うのではなく、専門教育に必要な英語をそれぞれの場面で、要求してしまえばいいというもの。少々荒っぽいのかもしれないが、そこはやり方でカバーできるように思う。学生の平均的レベル、あるいは苦手な学生のレベルに合わせて、限りなくレベルを下げて文法の確認をするよりも、案外いいのではないかと思う。「まず苦手意識を克服しよう」という狙いに反して、高校までの「トラウマ」に引き戻される学生もいるだろう。逆に、幸いにして苦手意識を克服したとしても、そこで得られる能力は、とても実用に耐えうるものにはならないだろう。まずは具体的な到達目標を決めて、そのために必要なパーツをそろえながら文法も確認していくというのはどうなのだろうか?
僕は、英語学習においては、「必要に迫られて」学ぶこと、「背伸びをして」学ぶこと、これを繰り返してきた。帰国子女の英語力に圧倒されたり、仕事で「英語ができない」とはいえない状況に追い込まれたり、そういう場面で「背伸び」を繰り返しながら、少しずつ必要な表現を学んできた。僕の弱点は、そうした場当たり的に学ぶ時間だけではなく、本格的に強い自覚を持って学ぶ時間を十分確保していないということにあるが、こうした経験が自分に学習の必要性を自覚していることは確かである。自分自身最短の道を通ってきたかどうかはわからないが、「必要は改善の母」になるだろう。
学生たちは、「必要」を自覚していない。あるいは自覚することから逃避できるようになっている。ここでも、WAKHOKの一点突破主義は、免罪符を与えている。IT専門教育から入って、そこで英語を含む他分野の必要性に気づかせ、基礎教養への関心に戻してやるというプロセスは、果たして機能しているのか。ここでもやはり、教員がもっと議論すべきは、専門教育の先進性の追求ではなく(少なくともそれだけではなく)、教養を含む全体的カリキュラムの有機的連携のあり方だということになる。しかも、そこでの有機的連携の議論は、あまり大上段に構えた話から入るのではなく、学生たちがITをコアにして学ぶということを前提に、英語力、プレゼンテーション能力、コミュニケーションスキルといったトータルな能力の必要性をいかに自覚させ、身につけさせるかということから出発すべきだろう。大学教員は、自分の専門性を発揮することをまず第一に守るべき利益と考えるので、そうした利益と全体目標がずれた場合、結局どこまで教員が自覚的に自分の権益を譲り渡すか、ということになる。教員はお互い相手の立場をわかっているので、教員組織がこの話を議論しても、たいていはさんざん議論したあげく、現状維持に落ち着いて終わってしまう(ここは事務組織やトップの出番なんだと思う)。
SFC CLIP「English Service Centerがオープン -授業外の英語学習をサポート」.という記事を読んだ。こういう体制作りの話になると、たいてい「うちは小さな大学なので、ここまでの体制は取れない」という話になる。そうだろうか。極端な話、基本的な文法などの英語学習はどんどんWBTにしてしまえばいい。そういう仕掛けはいまいくらでもある。残るのはサポートだけ。その分英語の教員は、あるいは別の専門教員も含めて、「英語で○○をする」というレベルに、取組みの中心をシフトさせたらいいことではないのだろうか?
「IT一点突破主義」のWAKHOKの教育は、国際的場面で評価を勝ち取る潜在性を持っていると思う。本気でそのための準備をすれば、「田舎」にあることなんて吹き飛ぶぐらい、大きく脱皮できるはずだ。
でもそのための足場を作る段階で、極端な「IT一点突破」に走ってはいけない。学生の立場にたって、彼らの将来像を見据えながら、「ITプラスの数点突破」ぐらいに目標を置くのがいいだろう。教員にはそれぞれの研究という守るべきドメインがある。僕にもある。だから、教員組織が、この作業で改革するための力を発揮するのは難しい。では誰が発揮するのか。自明である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ネパールの話、まだ書ききってないのだけど。
新学期が始まり、土曜日に新入生向けアッセンブリが行われた。
1年生向けのゼミの説明会も開催され、いつもの通り、一見堅そうな我がゼミの客入りはイマイチ。午後になって、学生自治会主催のゼミごとのプレゼン。詳細はPapu's-Blogに書かれているが、なかなか盛り上がったように感じた。あれで1年生が疲れてなければもっとよかったのだけど。
一戸ゼミは勉強の話はそこそこに、「理想のキャンパスライフを実現する一戸ゼミ」というテーマでプレゼンを行った。
「稚内で合コンはないでしょう」
「いや一戸ゼミにはあります!。。。」
というアプローチだ。稚内という特殊な環境にあって、楽しく学んでいる集団もいるんだよということを、うまく伝えてくれたように思う。
このシナリオはすでに、丸安、岩本の二つのゼミには漏れていて、先に発表したこの二つのゼミからいろいろと愛情のこもった言及をいただいたが、そこでシナリオを一部修正した一戸ゼミの二人のプレゼンターはよくがんばり、見事なアドリブを披露した。二人も着実に成長しているなあと、ユーミーと二人、目を細めた。
「理想のキャンパスライフ」の映像化には、そこまでしなくても、という声もあり、ユーミーの卒業生の言葉とアプローチが同じだという声もあり。しかし、僕の立場から見ると、今回の取組には上級生にとってもそれなりの意義があった。そこには「右も左もわからない」新入生という聴衆がいた。彼らはきっと大学生活に関する何らかのイメージを持っているはずだ。そしてそれはおそらく、この数日を過ごした稚内にはないものを含んでいる。自分たち自身そういう経験をしてきた学生たちが、聴衆がおそらく考えていること感じているであろうことを想像して、それにさおさす形で自分たちのことを紹介した。このプロセスに意味があるのだ。もちろん、研究内容を学生の立場から伝えるというのは、教員が説明するのとは別の意義があるだろう。でも、1年生は疲れていた。すでに一度教員から説明があった。学生は教員の影響を少なからず受けているから、多少視点が違うにせよ、説明はどうしても重複する。それから、研究内容をきいたときの1年生にとっての印象もある。
マーケティングにおけるポジショニングと表現手段の選択を考えて、今回のアプローチが選択されたわけだ。「小さな世界の小さな出来事」には違いないけれど、こういう小さな積み重ねから、学生たちが大きく飛躍して言ってくれればと思う。
丸安、岩本、一戸の「抗争」は、アッセンブリ後のワッフルデーで「手打ち」が行われ、今週からはかねてから計画されていた3ゼミ合同研究会がスタートする。お互いがお互いのやっていることを認め合い、高めあえる研究会に育っていってほしいものだ。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (1)
今年の卒業式が終わった。「決意表明」の通り、ユーミーの「卒業生の言葉」は見事に大ヒット。丸山学長や来賓の稚内市長まで笑わせることができた。単に笑わせるだけでなく、彼女が4年間取り組んできたマルチな活動や卒業生みんなが共有できるエピソードを織り交ぜて、「泣ける」内容でもあった。なにより、「心の128単位」をはじめ「くさいセリフ」をちりばめたスピーチが、一戸ゼミの5年間の歴史を象徴していた。うれしかった。貴重な映像資料が残っているので、近日どこかで公開したい。帰省していた在校生たちにも、ぜひ見てほしい。
彼女の言うとおり、このスピーチは彼女の大学生活4年間の集大成であった。卒業研究ではなく、スピーチが集大成となってしまうところがまた、一戸ゼミらしい。「何を学ぶかじゃない。誰と学ぶかだ。」。ソフトウェア研究が主流を占める学部で傍流にある自分たちを、半ば自虐的に形容したこの言葉。そういいながら、なぜかIT産業で働くことになってしまった現在のOBが、2001年ごろに言い出したものだ。最初は笑ってやりすごしていたけれども、今にして思えば、その通りだった。ゼミという集団が、18歳で大人ばかりの1426研究室をノックした彼女を、ここまでの「大女優」に育て上げたのだと思う。
決して僕が彼女を育てたとは思わない。
彼女が入学した頃、僕はまだ駆け出し教員で、正直右も左もわからないような状態だった。慣れない土地での生活に、まだ僕自身が不安を抱えていたかもしれない。ほとんど僕と同世代の社会人入学軍団が、勝手にゼミを「仕切り」はじめていたので、僕がやったことといえば彼らの暴走を適宜止める程度で(止めてないと非難されたこともあったが)あったように思う。しかしその結果、かえって集団はまとまり、自律的な集団として、次第に力を発揮していくようになった。
こうした地盤ができた頃に入学してきたのが、彼女たちである。一風変わった「大人集団」が多くの18歳の子供たちに敬遠される中、札幌の同じ高校を卒業した元気な三人組が、「体験入学でカレーを一緒に食べた」先生のゼミを、のぞきに来てくれた。そのうちの一人がユーミーだった。こういうと彼女のその後の努力を認めていないことになるが、そのときから彼女の成長は約束されていたのかもしれない。彼女たちは、上の世代の「いいところ」を吸収してくれた。もともと彼女の中にあったチャレンジ精神を、大人たちと接する中でさらに発展させ、後輩たちに伝えてくれた。ここでも僕は、「そうだそうだ」とうなづくだけだった。唯一上の世代と違うのは、彼女はよく勉強し、成果を残したことか。
いつも笑顔を絶やさずに、常に笑いを追い求め、楽しく語りあい、互いの成長を確かめ合う。この雰囲気の中で、下の世代の学生たちも、徐々に育ってきている。
結局、僕自身の成果というより、最初に礎を作ってくれた先輩たちの力が、ユーミーの成長をもたらしたのだ。というわけで、これなかったOBの皆さんも、ぜひ彼女の「卒業生の言葉」を見てください。皆さんのおかげで、ユーミーは立派に成長しました。そして、その姿を見ながら、結局僕もゼミの学生たちに育てられてきたんだと再確認しました。
来年から一戸ゼミは、他分野とのコラボレーションに挑戦する予定だ(この道筋作りにも、ユーミーが一役買っている)。
「ゼミが人を育てる」という一戸ゼミの伝統は、徐々に他のゼミにも伝染していくことだろう。一方研究面でも、他流試合の中でもまれて、これまで以上にすばらしい成果が生み出されていくことだろう。緩やかな連携の中で、これまでの専門の壁を取っ払い、「人を育てる」すばらしい集団がさらに拡大・発展していってほしい。
そういう構想がまとまりつつある中、偶然にも彼女の力が最後の大舞台で発揮され、卒業生たちの心に、たくさんの勇気と思い出を与えた。
大きな波がやってくる「前兆」だと思いたい。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (2)
- Japan Day 2 - SOA Seminar in Japanese!
丸山学長が登壇したSOAセミナーについて、別の登壇者であったDave Chappellさんがコメントしている。でも日本語ばっかりで中身はよくわからなかったようで、日本人の名刺交換とか、日本の同時通訳の話が中心。
たとえ有意義な話しでも、日本人だけでしか共有できなければ、やっぱり広がりに限界があるのだ。でも日本語だけで暮らしているとそういう限界も認識できなくなってしまう。
英語で論文書いて、英語で教えて、っていう覚悟だなあ。「日本語でいい」っていうのは、甘えだと考えよう。
もちろん、Yaleでも、Malaysiaでも、英語ばっかりの空間で、僕は逆に同じようなことを感じたんだけど。日本人だから日本語でいいじゃないかっていうのは、やはり現実を無視した開き直りじゃないかと思う。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
今週の土曜、大学主催の「情報メディアフォーラム」で、1セッション司会をやることになった。私の専門と直接には関係ないのだが、「いいだしっぺ」の提案者が司会をするという、よくある話だ。
-情報メディアフォーラム in Sapporo::セッション4「情報発信『Hokkaido Style』-地域からの情報発信とIT」企画趣旨
パネラーの皆さんとやり取りをしているが、内容には大いに期待が持てる。
地域ごとの多様性を反映させながら、全体として「北海道ブランド」を発信するという、なかなか複雑なことを、北海道はやらなきゃいけない。しかし、コンテンツを担う人々の動きはともかく、一般の人々の認識はきわめて低いのではないか、というのが僕の仮説。
「北海道ブランド」の発信に、海外番組配信を通じて取り組んできたテレビ局。
稚内、札幌、それぞれの文脈で情報発信に取り組むNPO。
次世代の「発信者」を育てる高等学校放送部。
それぞれの立場は違うし、個々の皆さんが「北海道」を強く意識しているかどうかは定かではない。おそらく必ずしもそうではないだろう。でもこれらの動きが全体として、トータルな「北海道情報」を作り出していることはまちがいないと思う。
土曜日の午後、札幌在住でお時間のある方はぜひご参加ください。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
「卒論」の報告会が8日に行われた。
「お披露目」が終わったので、一戸ゼミの学生についてだけ、率直な感想。
<総論>
少なくとも「社会」領域において、一戸ゼミメンバーは、「情報メディア」への適合性という点で、今年も比較的意欲的な取り組みをしてくれた。でも、看板だけ意欲的というものも多かった。
「情報メディア」の定義はやりようによって相当広くなるのだけど、ここにいう「適合性」は、情報ネットワーク社会に関わる新たな問題領域に切り込もうとする意識、という程度の趣旨で理解してほしい。「入り口」論争をやるつもりはない。新しい現象の表面にとらわれることなく、その本質を見よ、という主張がその対極にあるとすれば(対極にあるとは思わないけど)、それはそれで否定はしない。たぶんその通りではある。しかし少なくとも学生たちには、それを新しい技術にキャッチアップしない・できないことの免罪符にしてほしくない。新しい技術に常に貪欲に取り組みながら、単に技術トレンドに流されることなく、表層にとらわれない視点で研究に取りくめということであれば、まったくもって歓迎である。
<個別評>
主査として評定会議の際には心ならずも擁護してしまった面がある(良くない愛情表現だと思う)のだけど、もう会議は終わった。
ここではあえて歯に絹を着せず、率直に書こう。点数はつけない。コメントのみ。
S.Y 「P2P(ピアトゥピア)と音楽著作物」
P2Pでの音楽ファイルの流通と、DRM利用の合法的音楽配信ネットワークを通じた音楽ファイルの流通を、対比的にとらえ、P2Pをめぐる日米の判例における議論を交えながら、ネットワーク上での音楽利用についての妥当な解決策、妥当なビジネスモデルを探ろうという、ありがちであるが壮大なテーマであった。しかし、判例研究ですでに息が切れてしまった。また、興味があるといって始めた割には、実は実際のサービスの実態もあまり知らなかったので、そこで立ち止まってしまった。「え、こんなことできるんだ!」と立ち止まって楽しんでしまったということか。
入り口までたどり着いたところで終わってしまい、残念ながら僕が想定していた枠組みにすら到達してくれなかった。
前期の勉強会にまじめに来ていれば、問題の本質をつかむのに、これほど苦労することはなかったので、結局「さぼり」のつけだと思う。
途中で自動車業界への就職が決まったことも、かえって悪いほうに作用したかもしれないね。ただでさえいすに座っているのが苦手なのに、当面関わらない業界の話になってしまったので、さらにいすに座れなくなったということか。
Y.M「公衆電話の必要性」
「必要性」という言葉を最終的にタイトルに使った。これに代替すべき言葉が見つからなかったということが、この研究の破綻を象徴している。公衆電話に関する利用可能な資料が少なく、苦労したと思う。本来なら事業者や事業者団体へのヒアリングを行う必要があったと思うが、稚内にいたままでは難しかったし、休み期間でそれを実行するには、準備があまりにも不足していた。
民間セクターが採算性を維持しながら、公衆電話を設置し続けるのは難しい状況がどんどん近づいているはず。しかし公共的なサービスとしてこれを維持していこうという議論はあまり盛り上がっていない。公衆電話は、「あまねく公平」に提供されるべきユニバーサルサービスとして位置づけられるのかどうか、だとすればその根拠はどこにあるのか、またそのためのコストは誰がどのような形で負担するのか。残念ながら、説得力のある具体的な提言はなかった。でも、8日のプレゼンでは、大きな改善があったので、安心した。
「公衆電話」という、比較的「ローテク」なテーマを選んだのは、おそらく、わりと身近にあってわかりやすく、それでいて「情報に絡んだ」研究ができるという判断があったのではないかと思う(ちがったらごめん)。しかし実際には、身近ではない問題に引きずりこまれて、苦しんでいるように感じた。
N.I.「人々の移動と社会への帰属における考察」
自分が指導しておいてなんだけど、残念ながら「許した」としかいいようがない。タイトルの言葉遣いからしてよくわからない。当初「海外移住」という「なんじゃそりゃ?」系のテーマでスタートしたのだが、最終的には中高年の「ロングステイ」を支えるサービスの充実を、国際電話の「ローミング」から類推して検討するということになった(という報告は受けていなかったが、いつのまにかそうなっていた)。結果的には、「海外に行っても、あらゆるサービスがなんでもワンストップショッピングで利用できるようになればいいのに」という空想的な内容になってしまった。で、その趣旨は、タイトルからはまったく読み取れない。この構想の先に「国民総背番号制」ならぬ「世界共通背番号制」があるという点を、僕からもプレゼンの際の聴衆からも指摘されたが、質問の趣旨すら理解していたとは思えない。また、主権国家の分立という現在の国際関係が、このような「空想」だけで変わるわけがないにもかかわらず、ひたすら「ロングステイの増加」という日本国内の事情だけを根拠に「べき論」で突っ走っても、まったく説得力がない。自分の空想が実現できない要因を、詳細に検討するのであれば、まだ評価する余地はあったのだけど。
これも「情報メディアに絡める」ために試行錯誤した末の破綻だと思う。せつない。
S.H「映像権利管理団体の設立について~市民メディアとしての映像制作を巡る現状から~」
自身の経験とゼミでの勉強を接続して、意欲的な提言としてまとめたと思う。「本当にこういう組織が必要な背景があるのか?」という指摘がずいぶんあり、それに適切に答えられなかった。本当は質問も妥当ではないのだけど、権利管理団体の動きや、権利処理が必要になる背景を十分に理解し、内外の動きを整理してあれば、十分その質問には答えられたはず。あのやりとりは、間接的に準備不足を露呈させた。
論文前半では、「市民がビデオカメラを持ち、発信するようになった」という現象を説明していたが、個人的にはあれほどの記述はいらなかったと思う。それだったら、既存メディアの権利処理のプロセスとの対比を、詳細に検討した上で明確にしたほうがよかったと思う。
それと、団体の設立を「提案」するのであれば、どうしたら持続可能な団体となるのか。その点に明確な答えるべきだった。どう考えてもJASRACのような大きな団体にはなりえないのであるから、それとは異なるにしても、どのようにしたら存続させることができるか、「提案」というからにはそこまで踏み込むべきだろう。
T.K「宗谷黒牛の発展を目指して~マーケティングの観点を通して~」
「マーケティングの観点」を学んでいるうちに終わってしまった感がある。「宗谷黒牛」という商品の属性が、分析を難しくしていたと思うが、出発点が「宗谷黒牛」であって「マーケティング」ではなかっただから、それは仕方がないし、提案した僕の責任だと思う。一方で、「お前は宗谷黒牛の何を知っているのか?」という声にたえられなかったのは意外だった。もっと早く「マーケティング」の勉強は終わって、「適用」のためのヒアリングに時間を割くべきだった。それをリードできなかったという意味では、僕の責任も感じる。
一番残念だったのは、最終的な「メディア戦略」の部分で、結局具体的な提言が弱かったということ。そこで、発信されるべき「コンテンツ」の理念型を示すことができれば、もっとよかった。そこまでいかないにしても、もう少し具体的に、たとえば雑誌ならばどのような雑誌に、どのような内容と形態で掲載するのかという、具体的な戦術に踏み込むことができれば、相当面白かったはず。
蛇足ながら、こういう制作を伴うものをすべてを「表現」というカテゴリーに押し込めてしまったところに、三系構想の失敗がある。教員の「専門性」という言葉が妥当する領域があるとは思うが、実際には「啓蒙」と「スケジュール管理」と「相談役」をやることになる研究が多いのだから、むしろ教員の「専門性」が優秀な学生の「系」にとらわれない取り組みに及ぼす影響に、もっと目を向けないと。学生は勝手にそういう垣根を越えて、勝手にやるべし。あ、評価の話がどっかにいっちゃいました。
Y.N「キャッシュに関する著作権法上の問題-『一時的蓄積』概念を中心に」
とにかくはじめるのが遅かった。4年間コツコツ著作権を学び、それなりの知識の蓄積があったので、インプット、アウトプットともに、これまで見てきた学生の中で、もっともスムーズであった。しかし、スタートが遅かったために、論点整理の後の展開について、じっくり議論して、説得力ある結論を出すまでにいたらなかった。しかし「専門性」を標榜する自分でもそういうことを感じるわけで、なんら卑下する必要はない。学部生の論文としては非常にいい論文になったと思う。むしろ「専門性」を標榜しながら、同じような経験があって、共感してしまう自分が、もっと反省すべきなのだろう。
外国法制を参照したことはいいのだけど、「ハーモナイゼーション」を当たり前の前提としてしまったのは、少し配慮が足りなかったか。たしかに政府が持ち出す「ハーモナイゼーション」は、都合よく外国法制を引き合いに出すときの方便に用いられることが多く、今回の論文もたしかにそういう「都合のよさ」が見られる。ただ、今回の論文はインターネット上で用いられるキャッシュ技術がもたらす問題に焦点を当てており、独自法制がイノベーションを不当に妨げる要因だとすれば、「ハーモナイゼーション」といわずとも、外国法制を参照して考えるべき課題なのであって、あまり立ち止まって考えすぎるのも現実的ではないだろう。
それと学際的関心、とりわけ開発に取り組む学生たちの関心にこたえたかどうか。この点は、無難ではあるが必ずしも明快とはいえない論点整理の部分はもちろんのこと、具体的な技術動向に即した研究になれば、さらに良かった。CRICの論文賞には、ぜひ加筆修正の上、チャレンジしてほしい。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)
「きらり」のエントリーで、wakhokのシステムの柔軟さをやや批判的に書いたのだが、案外東京サテライトでそういうことが評価されていたりして。
サテライトの運営も、Face to faceでやってる「ほんわか稚内システム」を移植した形になっていて、僕はハラハラしてしまうのだけど、東京に稚内を「輸出」すると、東京の人たちはそこに「東京で忘れられがちなもの」を見出して、意外と喜んでくれるということかなあ。
そうじゃなくて、実態がそういうこじんまりとしているだけか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
稚内北星学園大学では、4年次必修で「総合研究」という科目がおかれている。ようするに、「卒論」なのだけど、「メディアとソフトウェア」分野ではプログラミングなどの成果物、「メディアと表現」分野では、作られた作品が主たる評価の対象となるので、こういう名前になっている。でも、「卒業研究」の略語である「卒研」という言葉も使われていたりして、あまり一貫性がない。
僕の所属する「メディアと社会」分野でも、さまざまな成果物の形式を排除していないものの、これまで「論文」以外の成果物は出てきていない。
僕は、分野ごとに分かれる成果発表の形式にも不満があるし、そもそも4年生になっていきなりこんな大仰な取り組みをさせることにも、毎年違和感を感じている。「分野ごとに」というやり方は、すでに下の学年ではカリキュラムが改正されたけど。。。
と、この話を書き始めると、だんだん過激になってしまうのでこの辺でやめておこう。。。
明日は朝から、「メディアと社会」の発表会だ。
僕のゼミからも、6人が登壇する。お楽しみに。。。(といっていい)?
毎年4年目になって「社会」に流れてくる学生たちの中には、学部教育の内容とは全然関係ない「なんじゃそりゃ?」というテーマを設定する学生がいる。そういう学生たちが必ずいうのは、「情報と関連付けないとだめなんですか?」という言葉。僕は「そうだ」と答えるけれども、そうなった時点で、実はもはや手遅れだ。
要するに学部教育で学びとって、興味を持ったことが何もないのだ。3年間行われてきた授業を相互に関連付けて理解し、その中で自分なりの考えを深めてきたならば、およそそんなに外れないところでテーマを見つけ出すはずなのに。それらは、僕らが行ってきた教育内容を映し出す「鏡」なのだろうなあ。
ちなみに僕も大学3年のときに西洋法史のゼミで、なぜかマックス・ウェーバーを読み、法学部の王道である法解釈学に疑念を持った経験があるので、そういう学生たちの気持ちはなんとなくわかる。でも、これだけ間口の広い「情報メディア」学部で、それでもあえて「このテーマでいいのか?」と思わせるテーマでの「異種格闘技」戦を選んだのならば、それなりに理論武装をして、「そこまでいうなら仕方がない」とみんなに言わせてほしい。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (1)
シャラポワは皆さんより若いのですよ。。。
でもまあ学生たちの気持ちはわかる。
かつて「ニセ学生マニュアル」という本があって、どこの大学でいつどんな文化人が講義を持っているか、情報が載っていた。ミーハーな僕も、さすがにそれを見て他大学の講義にもぐるということまではしていなかったが、他の学部で興味を持った講義を聴きに言ったり、専攻分野で有名な先生の他大学の講義にもぐったこともある。
ちなみに、シャラポワは英語で教えると思うので、ロシア語を習いたい人はまず英語を勉強してください。「来てもらっても学生が対応できるかどうか」というセリフは、現状に妥当しているとともに、先生の免罪符にもなりえます。僕らはいい内容を受け入れる素地ができていますよ、早く対応してください、という姿勢ができていないと、教員もその状態に甘えてしまうのです。「英語で教えてくれるんですか。なるほど。語学を英語で教わるくらいならば、なんとかなりますよ。」と少し背伸びしたらいえるぐらいに学生がなってないと、万が一シャラポワ招聘の糸口をつかんでも、前には進まないでしょうね。
卵が先か鶏が先か。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
manbow!manbow!manbow!から。
「きらり」は稚内北星のWEBに載っているコーナーなのだが、なかなか候補者が上がってこなくて担当者が苦労している。
「提案型」というのがよくわからなかったが、要するに大学側が「きらり」と光った卒業生を「一本釣り」するのではなくて、自薦/他薦で出てくるということのようだ。
むしろそれは歓迎しているし、その旨、WEBにも書いてあるのだが。
要するに卒業生から見て、それだけ親しみをもてない存在なのかな。それと、大学側の情報発信がいつも泥縄というか、場当たり的というか、よく言えば柔軟なのを在学中によく見ていたためかもしれない。こちらは、「言ってくれればどんどん紹介するよ」と言っていても、有効なコミュニケーション・チャンネルを持たなくなって、いまさら「俺を紹介して」とか「彼を紹介して」とかいいにくいのだろう。たしかに、気軽に話せる関係があってはじめて、「今度僕も紹介してよ」と言えるわけで、かしこまって「ぜひ次回私を取り上げていただければ幸いです」と大学にコンタクトするのは、相当敷居が高いかもしれない。
この関連で学生とのコミュニケーションで問題だと思うのは、二点。
1.システムができていない
小さい組織なので、いきおい「あらかじめ決めておかなくても、それぞれ事情に応じて個別に対応する」ということが多い。学生から見ると、こういう対応は非常にわかりにくい。逆にこういう柔軟性によって救われることもあるのだが、原則が明確化していないことで、右往左往している学生をよく見かける。きちんと決まった原則によって、自分が黙っていると不利益を受けるということがわかっていれば、それなりに学生も動くはずだ。個別の教員が学生たちの考えを聞いて、決まったシステム・原則の中での行動指針を与えるのはいいだろう。しかし小さい組織は、そういう行動が全体のシステム・原則の中に入り込んでしまうから厄介なのだ。そうなると逆に全体としては原則が見えにくくなり、普通に行動できる人々が困ってしまうのだ。
2.学生は指導する対象であって、自発的な意思を持たないと考えている
上とも関係するが、学生には意思がなく、こちらが何でも手取り足取り教えなければならないと考える傾向が強い。これはたしかに実態としてそういう面もあるのだが、学生の自主的な活動を促し、それをサポートしていこうという姿勢が欠けてしまっている。卵が先か鶏が先か。いずれにしても、学生の自主性が発揮されていないと思うことは多い。さらに問題なのは、その先に「学生には何も任せられない」ということを超えて、「何でも教員の都合に合わせて決めてしまう」ということもたまに起こる。どうしても自分たちに甘くなってしまうということだろう。そうなると逆に、「先生に頼めば何とかなる」と思っている学生の行動も起こる。
以上二点は「きらり」とは全然関係がないようでいて、僕の頭の中ではつながっている。つまり、こういう原則で動いている組織内部では、適応できる人たちはFace to faceでのコミュニケーションにより、うまくやっていけるのだが、その組織の外に出ると、途端にどこにどのようにコンタクトしていいのか、わからなくなる。組織としては、別にそんな他人行儀なことをしなくても、組織全体として対処しますよ、というのだが、普通の卒業生から見たら、そんな大げさなことはしたくないだろうし、誰とでも楽しく話せるような和気藹々としてコミュニティであった大学も、そもそもよく考えていれば知らなかったことも多いし、ああ他人なんだなあと思ってしまうことのほうが多いだろう。
ちょっと前の日経ビジネスに金沢工大の「CS対策室」の話が出ていた。
その組織がちゃんと機能しているかどうかはわからないが、大学が学生や卒業生や受験生と、どのようなチャンネルでどんなコミュニケーションをするべきなのか。私立大学はいま受験前の学生に対する一方的な宣伝には力を注いでいるが、特にいわゆるカスタマーサービスや顧客満足の向上という点では、まだまだこれからという段階なのだろう。
早稲田も父兄に学生の成績を送るようになったようだ。
世間は学生に対する管理を強める傾向にあり、父兄を顧客ととらえるならば、それはもっとも話だということになる。しかし実際にサービスの提供を受けるのは学生たちだ。彼らがどのような行為に満足し、成長していくかは、在学中の時間だけでは計れないものもある。僕が授業でやっていることは、たぶん学生生活の中でそんなに関心を持てるような事柄ではないように思うが、あとになって「ああこれやったなあ」と思って、もう一度勉強しなおしてもらえればいいなとも思っている。だけれども、「未熟な彼らにはちゃんと物事を判断できないから、何でもこちらが決めてあげるのだ」という姿勢は、つねに「大学のほうが都合のいいように決めるんだ」という方向に転じやすいのだということを、よくよく自覚しなければならないと思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
学生時代に勉強していたとはいえないけれど、好奇心や批判的精神は、稚拙ながらも持っていたように思う。
いつも「何か面白いことはないか?」という、かかとが上がった状態で、いつも過ごしていた。もちろん、「そんなの下らん」という理由をつけて、消極的になっていたことはあったと思うし、興味本位で無鉄砲に行動して失敗したこともあっただろうけど。
その「面白いこと」というのが、ITの分野で、しかもテクノロジーそれ自体の習得とは離れて、法律やビジネスの世界に転がっている。それを伝えるのが、この5年間の僕に課された仕事であった。
ときどき、この作業に関する「中間自己評価」を一人行うのだが、だいたい絶望的な気分になる。学生に探究心が生まれないのは、きっと以下のようないかんともしがたい事情によるのだろう。
1)日本語ができない
最近大学生の日本語力低下についての記事が出ていたが、全国平均と比較して稚内の学生がそれほどひどいとは思わない。しかし絶対的にひどいのはひどい。文章が書けないというのは、自分も人のことはいえないし、仕方がないかなあとは思うが、口語でも、正確に自分の言いたいことを伝える能力がない。なんとも気の毒だ。
そして日本語を操る能力が欠如している結果、テキストの読解力が低下し、友達と議論するときの言葉も正確さを欠き、結果として面白いはずのものを面白いと感じることができなくなってしまっている。
「インプット-アウトプット」の基本動作ができないのは、誰のせいなのか。誰のせいでもいいか。大学に来て、いまさらながら漢字の書き取りもいやだろうけど、そうでもしないと、面白いものが発見できない悲しい4年間が待っているのだから仕方がない。
2)外国語ができない
日本語ができないのに英語ができるはずもないのだけど、英語を使う意欲すら欠いている学生は多い。
中学英語すらあやふやになってしまっているせいなのか、それとも中高で打ちのめされたトラウマなのか。
自動翻訳がこれだけ普及し、和英対照文で読むことができる現代においても、日本語と英語のそれぞれの対応関係すら理解できなければ、ほとんどお手上げということになるのだろう。
そしてこうも窓を閉ざしてしまうことは、すでにして「情報弱者」なのだということに、多くの学生は気がついていない。
学生はネットワーク環境に慣れしたしんでおり、新しいことをやろうとするけれど、新しいことに取り組むということは、少なからず外国語に接する必要があるということだ。P2Pであれ、パブリシティ権であれ、結局は日本語の文献を読むだけでは解決不可能な部分が出てくる。外国で読む意欲を失ってしまっているということがどれだけの損失なのか、散々言っているつもりだけど、どうもやっぱり伝わらない。
3)情報摂取能力
上の二つとも少なからず関係するが、言語の運用能力が足りなければ、文字から得られる情報は少なくなる。
都会にはたくさんの情報がシャワーのようにあふれていて、秋葉原といわず、東京のあちこちを歩き回っているだけで、非言語の情報、短いフレーズでのコピーなど、たいした言語能力がなくとも受動的に情報が入ってくる。それはそれで、商業主義にだまされる危険も増すわけだが、とにかく能動的な行動を必要としない情報摂取活動が保障されている。
田舎ではそうはいかない。それなりの能動的な情報摂取を続ける意思と能力がなければ、たちまち感覚が鈍ってしまう。2)はおろか、1)すらもない学生たちは、情報摂取への意思を持つための能力すら欠いているものもいるのだ。
僕が学生指導のために与えられた時間はごくわずかであり、そこには「単位」という強制装置が働いているがゆえの意識の減退がある。とりあえず出席だけはしておこうという状態。日本語と英語の能力を高めること、新しい問題についてもの情報提供、ブレーンストーミング、これらに検定試験で意欲を持たせる取り組み、卒業研究を仕上げさせる取り組みを加えると、もはや時間外労働にも限界が見える。
大学の機能
最近のコメント