カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2008/07/22

日本の「一般人」のパソコン、「一般人」のブログ

リンク: 一般人のパソコン.

でも、一部の人は何をどう頑張っても無理な気がする。

何か、人生に対する興味がPCとは無関係な空間にあるよう。

年賀状の作り方(といってもWordの用紙をハガキにするぐらいなのだが)を教えても、

授業で提出を求められているから作るのであって、年賀状を書くのにPCを使うなんて考えられないらしい。

そもそも、パソコンなんて言ってみれば配電盤の中身とか、車のエンジンルームのようなもので、

専門家が上手くやってくれればそれでよくて、自分たちが何かをする所じゃない、という認識なのだろう。

昔から個人的な意見として政治の世界はもっとインターネットを有効活用すべきだ、と思っていたが、

こういう現実を目の当たりにして、それは全くの間違いだと気付いた。

インターネットを通して見える世界っていうのは、本当に偏った世界なんだ、と。

僕がこの2年半格闘しているのは、まさにこのレイヤーにいる学生たちへの教育。共通基礎科目として、そのとき限りのおつきあいになるならば、さほど問題ではないのだが、その後専門教育でのネット利用を促進するための導入だとするならば、まだまだ改善すべき点ばかり。

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2008/04/26

声楽家の伯母武村浩子のこと

昨朝、実家からメールがあり、横須賀在住の伯母武村浩子が亡くなったことを知った。「はとこ」からのメールについてエントリーを書き、Nancyさんから「新しく暮らす土地に親族がいる心強さ」について、コメントをいただいた直後であった。武村の伯母は、僕が大学在学中にもっとも世話になった親族の一人だ。

近々一度会いに行こうと思っていた矢先、という思い、またしてもである。
 

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2008/04/24

「はとこ」からのメール

いとこと顔合わせることもなかなかない暮らしをしている僕に、今日「はとこ」(またいとこ)から、突然メールが届いた。僕がまともに知っている唯一の「はとこ」だ。ともあれ、うれしい「再会」であった。


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2008/04/11

必ず1時間で終わらせる会議術を自分の出ている会議にあてはめてみる

300を超えるはてなブックマークがついている以下のエントリーを読んだ。

リンク: 20名超の会議を必ず1時間で終わらせる“ライブドア流”会議術 - livedoor ディレクター Blog.

無駄なおしゃべり好きで、立場上も気持ちよくお話ができる立場にいる、ごく一部の人を除いて、関心のある事柄だと思う。
最後に書いてある、「会議の準備には、会議と同じくらいの時間をかけろ」という合言葉を先に読んだので、それもしんどいなあと思ったのだが、なるほど納得の5か条が並んでいる。さて、僕が、現在・過去に出席した会議で、どこまで実践できているかチェックしてみよう。

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2008/02/19

会議の効率をあげるフレーズ集

延々と報告事項だけが続く会議は、要するに、「聞いてないとは言わせない」ためだけに行われているだけであって、伝達方法としてはきわめて非効率的だと思うのだが、大学というところでは、その手の会議が結構多い。

「時間×人数」のコストがかかっているんだから、もうちょっと生産的にやりたいなあと思っている人も、結構いるとは思うのだが。その手の生産性に関心のある人は、大学なんていうのんびりした世界では働いていられないのかもしれない。

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2008/02/07

37歳

久々に新潟に戻り、いつものジョギングをしている間に、日付が変わり、また一つ齢を重ねたことに気づいた。37歳。30歳とか35歳とか、その辺の節目のタイミングも、どんどんはるか昔のこととなり、不惑という二文字も見えてきているのだが、あいも変わらず惑ってばかりだ。

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2008/01/31

鳥取でEIP研究会

情報処理学会の第39回電子化知的財産・社会基盤研究会(EIP)及び第64回デジタルドキュメント研究会(DD)に参加するため、鳥取環境大学に向かっているところ。

リンク: EIP研究会

このところ頼りにしているイーモバイルだが、まだカバーされていない4県のうちの一つが、鳥取なんだそうだ。

イー・モバイルがエリアを大幅拡充。12月に43都道府県をカバー

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2008/01/27

武村次郎の描いた飯山

11月に書いた下記の記述を見て、いとこが伯父の絵のデータを送ってくれた。

リンク: ICHINOHE Blog: 8年ぶりの長野で伯父の葬儀.

飯山の墓地から撮った、色づく山の写真は、画家だった伯父武村次郎の絵のようだった。

子供たちに蜂の子を食べさせようとしたり、昼間から酒びたりだったり、幼少時何かと「お騒がせ」だった伯父だが、ふらっと電車に乗って出かけていって、出先では制作に励んでいたらしく、飯山の風景画の作品がたくさん残っている。

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2008/01/20

センター試験終了

昨日と今日は、大学入試センター試験。
今年は、敬和学園大学も会場となった。僕にとっては敬和に来て初めてのセンター試験となり、かつ、初めて、すべての科目の試験監督を担当することになった。

二日間ぶっ通しの監督業務はかなりハードだった。事務処理能力の低い大学教員がこの業務を担当するわけだから、あれやこれやの人為的ミスが発生してしまうのも、やむをえないといえばやむをえない。さいわい、敬和学園大学では、大きなトラブルはなかった。

僕の担当した教室では、最後まで集中力を切らさず、がんばっている受験生が多かった。試験監督は、試験監督要領に基づき、余計なことをしゃべらず、マニュアル通り試験を進めるしかない。けれど、あの教室の一人一人が、ベストスコアを出して、志望校に合格してほしいと、心の中で思った。

IMG_8279

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2008/01/13

ジョブズの卒業式スピーチに字幕がついた

アップルCEOのスティーブ・ジョブズが、2005年6月スタンフォード大学卒業式で行ったスピーチ、日本語字幕をつけたバージョンが、以下のサイトで公開されている。すばらしい仕事。

リンク: mbp&co: ジョブズの卒業式スピーチを字幕で.

生と死をめぐる2つ目のお話のことは、以前読んだときにはあまり注目していなかった。「毎日を人生最後の日であるかのように生きる」べきというフレーズは、昨年「人生最後の日」について非常に強く認識させられた結果、非常に心に響くようになったようだ。

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雨中のラグビー早慶戦

予想以上の悪天候の中、大学ラグビーの決勝戦、39年ぶりの早慶戦を観戦してきた。大学ラグビーを観戦するのは、学部生のとき以来なので、前回きたのは15年以上前のことになるだろう。

リンク: asahi.com:早大が大学ラグビー日本一 決勝で慶大下す - スポーツ.

ラグビーの第44回全国大学選手権決勝は12日、雨の東京・国立競技場であり、早大が慶大を26―6(前半7―3)で下し、2季ぶり14度目の優勝を果たした。

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2007/12/31

祖母の悔しい思い

このところ、昔話が増えた。以前は、自分たち家族の話が多かったが、最近は、母が記憶している、祖父母の世代やそのまた上の世代の話が増えてきている。妹と僕が、意識して聞きだそうとしているからでもある。

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2007/12/27

忽然として無窮より生まれ、忽然として無窮のおくに往く

先日、妹が久々に近況を書いていて、いろいろ思うところはあったのだが、いつの間にか時が過ぎた。弟がこの世を去って半年以上が過ぎ、9月に納骨も終わり、公式の場所で弟のことを話題に出す機会もなくなってきた。こうなってくると、事情を知らない方に僕がその話題を持ち出すことはもちろん、知っている方もあえてその話題はさけるようになるので、家族で集まったときぐらいしか、弟のことは話題に出なくなりそうだ。

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2007/12/05

照明でうつが直る?:結城未来さんにお会いした

昨日は某通信事業者さんが大学まで来てくださり、ウェブ社会やICT教育について、2時間ぐらいインタビューをしてくださった。これは掲載していただいてから再度アナウンスすることとする。

その後新潟市内に戻って、新潟大学法学部でゲスト講師をされた、結城未来さんを囲む会に参加した。

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2007/11/15

8年ぶりの長野で伯父の葬儀

ココログのメンテナンスによりすっかり更新が滞ってしまったが、月曜日に伯父仁科英明の葬儀に出席し、火曜日に新潟に戻った。新潟から長野までは、高速道路で2時間半ほど。途中、柏崎近辺では災害復旧工事の速度規制があったので、復旧するともうちょっと早く往復できるのかもしれない。

仁科の伯父というのは、祖母の葬儀のときに子供たちが合宿した(そして弟と上の妹が、生卵を割るのに連続して失敗した)山の湯旅館の引率を担当してくれた人だ。母の長姉の旦那さんなので、うちの両親よりもかなり年上の人だと思っていたが、実はちょうど70歳。誕生日が命日となった。

リンク: ICHINOHE Blog: 「不安の種子」の連鎖:山の湯旅館の生卵.

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2007/10/13

弘前で昔の記憶を収集

大叔母、「ちおば」こと一戸道の葬儀を終え、さきほど東京に来た。
いつも眼鏡をかけていた「ちおば」は、眼鏡を外していたことと、闘病中にかなり顔がやせてしまったので、とても小さく見えた。1925年に生まれ、幼稚園教諭を長くつとめてきた「ちおば」の歴史は、本人のメモに基づいて、越山司祭から紹介された。知らないことがいろいろあった。

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2007/10/09

大叔母のこと

さまざまな逸話を持つ大叔母、「ちおば」こと一戸道が、今朝なくなった。知らせは、新潟に戻る新幹線の中で受けた。彼女の晩年を僕はあまり知らないままに終わってしまったけれども、元気な頃にはずいぶんお世話になり、そしてまた僕ら子どもたちは、その頃を認識しつつも、彼女にちょっとビビっていた。

ビビっていたうちの一人である弟が、この春先に逝ってしまい、その後に、大叔母が逝った。こういう順番になってしまったんだなという感慨を、これからも毎回持ち続けるのだろう。

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2007/08/22

「成功体験」を捨て、学生の「立場」で考える大学

セブン&アイホールディングスの鈴木敏文氏が、一昨年から中央大学の理事長になっていた。知らなかった。以下のインタビュー記事は非常に印象的だった。

リンク: 学生の「ため」ではなく学生の「立場」で | ナジックリリース | 株式会社学生情報センター.

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2007/07/24

ふつふつと思い出される存在、思い出す人

上越新幹線に乗って東京に向かっている。東京が近づいてくると、いつも当たり前に東京にいて、だからめったに連絡しなかった、亡弟のことが、またあらためて、ふつふつと思い出されてくる。彼はみなに先行して思い出される存在になったが、僕らも順番にひとしくみな「ふつふつと思い出される存在」となる。結果、長く生きた者がたくさんの「ふつふつ」を抱えて生き続けるが、しかしその長く生きた者もやがて亡くなって、それとともに「ふつふつと思い出される存在」であった人たちも、思い出されない存在になっていく。   
JR東日本の社内誌トランヴェール7月号、巻頭エッセイで、1927年生まれの北杜夫が、若き日の軽井沢の思い出について書いている。夏の軽井沢では、遠藤周作宅でしばしばパーティが開かれ、文学者仲間、三田文学の青年や聖心女学院出の女性も多く集まって、「飲めや歌えやの大騒ぎをしたんだ」そうだ。でも「そういう作家たちも今ではすべて亡くなってしまった」という。「今ではすべて亡くなってしまった」というフレーズは、年配の人からよく聞くフレーズだ。たくさん抱えこんだ「ふつふつ」を吐き出したい気持ちが、そこに現れているんだなあと、あらためて思った。

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2007/06/20

顔写真をうまく撮れる関係

伊藤穣一さんのFlickrには、たくさんの人々の顔写真が載っていて、しかもみんないい表情をしているので、いつも感心している。スティーブジョブスとビルゲイツの対談を撮ったこの写真は、NewYork Timesにも使われている。

顔写真は、撮影する人とされる人の人間関係がすごく大事になるし、彼の撮った写真がFlickrに載ることをみんな知っているだろうし、彼はきっとコミュニケーション能力にすごく優れていて、みんなついつい撮影に応じてしまうのではないかと思っていたのだけど。やはりそれなりにためらいもあるようだ。僕もがんばろう。

リンク: Joi Ito's Web - JP: Dを終えて、そして皆に感謝.

でも僕はまだカクテルパーティーで快適な状態にはなれなくて、みんなと話しててもあまり時間のたたないうちに動いちゃうんだ。 基本的に僕はシャイみたいなんだ。 僕がフォーカスしてなくて、「何の仕事してるの?」っていう質問をされた後は特に具合が悪いな。

僕はセレブの写真を撮るのがうまくなっては来てるんだけど、それでもやっぱり近付いていって"Hi!"って挨拶するにはまだまだ抵抗がある。僕はもっとこういうこと克服すべきだよね。

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2007/05/29

消費される訃報

最近テレビを見なくなってしまったので、正確に記憶していないが、たしかテレ朝の報道ステーションで、2ヶ月に1回ぐらい、最近亡くなった人のことを映像でまとめたものが流されているように記憶している。あれを見ながら以前から思っていたのだけど、結構な有名人の訃報でも、2ヶ月に1回のまとめでは、ずいぶん前のことのように感じられることが少なくなかった。結局、今の時代の「時間の流れ」とは切り離して、長いスパンで悲しみを背負い続けるのは家族ないしそれに準ずる立場にある人だけで、ニュースに出てくるような有名人の死も、短期間で消費されてしまう。

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2007/05/23

高校で進路講話

新潟の亀田というところにある、新潟向陽高校で、進路講話をさせてもらった。

ネットがつながらない中で、ネットの話をした。聴衆は高校1年生、計算が正しければ、91年生まれの世代だ。応対してくれた先生は、生徒の態度をずいぶん気にしていたけれど、僕はそんなに気にならなかった。

一部の寝ているメンバーを、覚醒させるチャンスを逸してしまったのはもちろん残念だけど、新潟全体としてみれば、高校生にウェブの話をして、それが自分の進路に関係あると自覚させることは大事なことだと思う。全員たたき起こして聞かせる必要は無いが、響くべきところに響かせることが大事。ハードルは低くないけど、今後もチャレンジは続けていきたい。

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2007/02/08

表裏で36年

昨日はいろいろな方から誕生日のお祝いメッセージをいただいた。
ありがとうございました。

青森で18歳の誕生日を迎えてから18年。その年の誕生日には、まだ進学先は決まっておらず、ぴりぴりとした時間を過ごしていたように思うが、その後合格が決まり、五能線の、夜は無人駅となる、「陸奥鶴田」駅で家族と別れ、3月に東京に引っ越した。青森で過ごした時期と、その後の時間は、とうとう並んでしまったことになる。

僕の場合は特に、1989年初頭が大きな分水嶺であった。世間への耐性を備えていくために、東京でずいぶん回り道もしたが、大事な時間がその後の18年間で幾重にも重なって、今の自分につらなっている。青森にいた頃の自分と、その後の自分は、二つの異なるアイデンティティのようで、時に衝突し、それは両親との衝突となって現れてくることもある。が、結局は同じ一人の人間なので、自分の中では適当に調整が行われているような気がしないでもない。いずれにしても、あの頃の自分と今の自分っていう区分が、なんとなくある。

いずれにせよ、今年は二つの人格の立場が、完全に逆転する時なのかもしれない。分水嶺を越えて、反対側におりきった状態ということになる。

昨年からいろいろと環境は変わり、新潟でもいろいろな仕事の仕方が、ようやく見えてきた。もたもたしないで、新幹線にもどんどん飛び乗って、研究活動の生産性をどんどん高めていこうと思う。

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2007/01/04

新年始動いたします

青森の実家では、ネット接続がきわめて不安定な状態にあり、事実上の「活動中止」となった。そのおかげで読書に集中することはできた。

昨年は稚内-東京-新潟とめまぐるしく動き回り、10月に敬和学園大学に移籍。ようやくここでの動き方、課題が(ほんの少しだけ)わかってきたところだ。学校法人稚内北星学園に対しての仕事は、まだもう少し続きそうだ。これはこれで、つとめを果たしたい。

というわけで、かなり出遅れましたが、皆様あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2006/11/24

無駄な会議を減らす

リンク: ITmedia エンタープライズ:「無意味だ」と言いながら、どうして会議の改善をしないのか (1/2).

 「また会議だ。仕事にならないよ」「無意味な会議なのに、時間の浪費だ」「何とかならないのかな、ったく」…。現代の企業人たちはそうこぼしながらも、従順に会議室へ向かう。確かに無駄な会議によって浪費される時間や経費は、バカにならない。

 一方彼らは、「会議は居心地が悪くない」と潜在的に思っているふしがある。実は会議に出ている限り、彼らはいかにも仕事をしている錯覚にとらわれ、そして現状のわずらわしい仕事から解放される口実を得られる。おまけに、会議はともすれば「責任」を分散してくれる。彼らは、無意識のうちに会議を歓迎してはいまいか。

このような背景があると考えると、会議を減らすというのは構造的に難しいことなのかもしれない。会議が増え始めたら、みんなの労働意欲が低下していると考えるべきなのか。

たしかにオンラインでの情報共有で十分なことを、会議で延々報告するのは、やめたほうがいいだろう。ただ口頭で報告すると、何かその意義がみんなに伝わったかのように錯覚するのかもしれない。しゃべってるほうも「やった気」になるし。たぶんほとんど伝わってない。たしかに伝わってない人には、オンラインだともっと伝わらないのだけど。

教授会の「報告事項」「審議事項」という二本立て形式は、きっと「お上」からの声で決まっているものなんだと思うが、「報告事項」はたいていの場合、わざわざしゃべるまでのこともない。その辺を踏まえて、「お上」からは、「報告事項」のオンライン化と「審議事項」への重点をはかるようなサジェスチョンを、もししていただいたとしても、教授会運営への不当な介入ってことにはならないだろう。会議のスリム化を、自己点検評価の項目に入れたらどうなんだ?

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「気を使わせる」英語


 
香港行きの飛行機の中、ANAの機内プログラムで「ベストヒットUSA-タイムマシンスペシャル」を見ている。最近、ANAの国際線では毎回のお楽しみである。以前にも書いたような気がするようなしないような。この懐かし番組、小林克也が進行するおなじみの形式それ自体は、BS-Asahiで復活していて、BSデジタルの映るテレビを買ってから、一度だけ見た。ただ、今の流行曲ではあまり楽しくないので、結局それっきりになっているような気がする。

昔の曲が放映されていて気がついたのは、「あーこの番組は曲に字幕をつけてたんだな」ということ。ベストヒットUSAというのは、当時アメリカの流行曲を紹介するための、開かれた窓の一つであり、特に民放テレビ2局、民放FMのない街で暮らしていた僕にとっては、ものすごい情熱でチェックしなければならない外国への窓であった。字幕に目を凝らしながら、どうしてこういう訳になるのだろう、早くわかるようになりたい、でも何て歌っているのかそもそも理解できない、そういうもどかしい思いが、この番組を見ていると、思い出されてくる。

とりあえず今日分かったこと。Cheap Trickは、70年代に日本の熱狂的ファンが、世界的な人気の震源地となったこと。マドンナとマイケルジャクソンとプリンスは同い年だったこと。プリンスのKissの革新性は、エコーを用いなかったこと(なるほどそうだ)。Nirvanaは革新的だったらしいが、どの辺が革新的だったのか、小林克也から説明はなかった。今となってはWikipediaで追求できそうなネタだけど。
どうして僕がこういうことをリアルタイムで理解できなかったのか、こういう小ネタ的なことを小林克也は当時から言っていたと思うのだけど、やはり少年時代の僕は、今とは違う僕だったのだろう。不思議でしょうがない。

上京して、J-waveも聞けるようになり、外国の音楽もすっかりコモディティする。しかも一人暮らしの僕は常に金欠だから、CDを買って音楽を追及するということもしなくなった。英語はいつかできるようになりたいと思っていたし、多少の勉強はしていたけれども、留学もせず、外国貧乏旅行もせず、結局僕は無
為な時間を過ごしていたんじゃなかろうか。そういう苦い「失われた時間」の記憶を、この番組は思い出させているのかもしれない。

失われた「10年とちょっと」を経た僕は、大学で「国際派」っぽいポジションで仕事をしている。しかし依然として僕の英語は、相手に「気をつかわせる」英語でしかない。英語を英語として勉強するという姿勢は、依然として僕にはどうしても取れないんだけれども、ここから先、どうやって自分の能力を伸ばしていけばいいのか。まだまだ自分の「のびしろ」を疑ってやまない僕は、考えてしまうのであった。

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2006/11/22

スルー力(りょく)の重要性

リンク: スルー力(りょく)の重要性: My Life Between Silicon Valley and Japan.

リンク: いやなブログ - スルー力カンファレンス (スルカン) 開催決定!.

いちいち気にしないタフさって、大事だと思う今日この頃。もともと気にしない性格ではあるのだが。スルー力というある種の「スキル」として見るというのが面白いところだ。
僕の「スルー」しているときの相槌は、結構バレバレなんだそうだが、そこも含めて、スキルアップにつとめたい。


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2006/11/21

ようやく復旧

日曜から月曜にかけて、新潟-弘前を往復してきた。
走行距離、約1200キロ。帰宅後少し寝て、昨日の授業をこなし、また睡眠。
死んだように眠り、今朝ようやく体が元に戻った。これから月末にかけて、移動から移動の連続だ。

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2006/11/11

はてなブックマークユーザの皆さん申し訳ないです

本日の稚内での授業は、意外な方向で関心を呼んでしまった。

ソーシャルブックマークの社会性についても考えてみようと思ったのだが、土曜の朝のねぼけた状態で、ちょっと画一的なやり方を示してしまったのがミスであった。私にはいい勉強にはなったが、まさに失敗から学ぶ結果になった。一部学生は、事態を理解してくれたので、これもまた、ある種の怪我の功名かもしれない。

はてなの方には対策を講じていただいていたようなのだが、それでもせき止められないほどであったのだろう。

反省。

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2006/11/04

日本私学経営活性化協会「eラーニングの現状と今後の展望、およびITコンテンツによる大学の公開及び大学の広報戦略」

ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG)からの情報。こういうところに出て行って、比較検討をちゃんとしたほうがいいです。たまたま来た営業の話を受身で聞いて、だまされてはいけない。でも営業の話をきかずに、自分たちだけで決めるのも、よくない。

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2006/10/27

"ママ、クリーニング小野寺よ"

店の名前が台詞形式になっているクリーニング屋。市内の何箇所かで見かけた。新潟の人は変わったネーミングをするんだなあ、と思ったが、どうやら本社は鶴岡のようだ。

http://onoderacleaning.co.jp/kimono/

リンク先下のほうの子供のキャラクタをクリックすると、「ママ、クリーニング小野寺よ」の肉声が聞ける。またビューティフルライフを連呼する、古めかしいCMソングもある。

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本来やろうとしていたこと

Papu's-Blogにこのブログが急激に更新されるようになったことに、少なからぬ驚きが表明されていた。たしかにそうだ。たぶん自分にとっては、新しい環境に慣れようとしているプロセスでもあり、新しい仕事の重要な一部分なのだと思う。

もちろん、また何かのきっかけで滞ることは必至だが、あまり続けよう続けようとは思わず、備忘録として書き続けていけばいいのではないかと思う。

「法律の先生」という僕に対するタグは、少なくとも学生からつけられるものとしては、もう過去のものとなった。僕はいま、「情報の先生」「コンピュータの先生」というタグをはりつけられつつある。もちろん、クラウドの中に小さく「情報法」とか「知的財産法」とか「法律」とか、もっと小さく「国際法」というタグは残っていて、僕の研究活動のコアがそっちにあることは変わらない。が、こうしたタグの変更は、意外と僕の行動に大きく影響しているのかもしれない。

とはいえ、新しい出来事に常にアンテナをはりつづけようというのは、そもそもこの世界で生きていこうと思った原点なのであるから、本来やろうとしていたことをやっている、といえなくもない。

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2006/10/23

たばこのこと

ミクシーの足跡を見て思い出したが、龍之介さんの後を追って、8月下旬にタバコをやめた。
2ヶ月が過ぎたが、状態はすっかり落ち着いた。

龍之介さんとは、7月にネパールに行った際に、空港等で一緒に喫煙所を探した仲だったので、彼女の禁煙宣言は、「そろそろやってやろう」と思っていた自分の心に火をつけた。ミクシーでの彼女の禁煙宣言と、それに対する周りのコメントを眺めていると、テレビでは和田アキ子が禁煙宣言させられそうになっているのが(音だけ)聞こえた。

「よし、じゃあやってみるか」

その後は、フリスクをはじめとするあらゆる食べ物飲み物を導入し、気をまぎらわせた。今回はそれに加えて、各種の禁煙に関する本やウェブサイトを熟読し、自分の体への悪影響や、それがわかっていながら中毒患者を増やし続けるタバコ会社や政府の姿勢、などのネガティブ情報を頭にすりこんだ。そういう情報が正しいかどうかは別にして、「だまされてはいけない」という意地になる気持ちが、禁断症状を乗り越えるには必要だった。

副作用としての体重増は避けられず、三度目の禁煙で、最初の禁煙前に比べて三段階太ったような按配だ。

というわけで、これ以上太らないためには、一度やった禁煙を元に戻さないことが重要のようだ。

東京はタバコの吸いにくい環境なので、禁煙も続きやすいのだが、新潟は喫煙率が高いような気がする。稚内でも周りの環境で気が緩みがちだったので、気をつけなくては。

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2006/09/30

今日は移動日

本日東京のマンションを引き払い、車で新潟に移動してきた。明日新居に搬入の予定。新潟ではBフレッツにすることになり、申し込みはしてあるのだが、開通は火曜日。それまでは、大学にいる時間を除けば、「ネット難民」となる。あるいはホットスポットに通うか。

運送屋が去った後、友人がたずねてきてくれて、築地すしざんまいで最後の食事。場内のすし屋に行列ができているときは、すしざんまいに行列はできないようだ。これで都心生活も終わり。感傷に浸りながら、マンションに戻り、さあ退出しますか、となったところで、ハプニング。

保管してあったスペアキーを入れた封筒がない。

どうやら引っ越し荷物に入れてしまったようだ。自分で持っていく荷物の中に入れていたつもりだったが、勘違いしていた。手荷物をひっぱがしてみるものの、みつからない。管理サービス事務所に事情を話して、何とか許してもらった。

ようやく車でマンションを出発したが、出発前に慣れない都心のスタンドで給油をしたところでまたトラブル。

セルフ給油所で、出てきたおつりがプリペイドカード。え、もう引っ越すって言うのに。。。

というわけで、八丁堀のスタンドのプリペイドカードが4000円ほど手元に残った。

言いたいことも感じていることも山ほどあるが、とにもかくにも、練馬ICから4時間弱。意外と早く新潟にたどりついた。期待も不安もあるけれど、明日から自分のできる限りのことで、がんばっていきたいと思う。

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2006/09/25

新潟に引っ越します

9月30日付で、6年半を過ごした稚内北星学園大学を退職し、敬和学園大学人文学部に移籍することとなった。これに伴い、半年間の東京生活も今週で終了、新潟に引っ越すことになる。6年間、稚内で多くの方々のお世話になったが、こうして遠隔地からひっそりと「稚内」を離れることとなる。お一人お一人にゆっくりご挨拶することができず、なんとも心苦しい。が、これからも稚内のために仕事をすることにはなるだろう。またいつか。

一度東京に戻ってから再度地方に出るというのは、なかなか複雑な気分だ。田舎生まれ田舎育ちではあるが、実は一番長い期間を過ごした場所は東京だし、今回半年間を過ごした新川という街も、今までほとんど縁がなかったが、非常にいいところだった。結構去りがたい思いがあるというのが正直なところ。東京でもまた、この半年でいろいろな方にお世話になった。

新川を中心に東京で見つけた新しいお店や場所については、近いうちにまとめておきたい。東京駅から近いので、新幹線に乗る前にいくこともできそうだ。

新潟、新発田でも、新しい環境になじめるよう、努力していきたい。ここでもまた、新しい人々のお世話になることだろう。どうぞよろしく。

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2006/04/24

旅芸人生活

金土日、二泊三日で稚内に出張。1ヶ月ぶりの稚内は、幾分温かくなってきていたが、稚内人としての気質・体質が抜けてしまっているのであろう、それでもまだやっぱり寒かった。また、これも「よその人」感覚だからだと思うが、案外稚内は落ち着いていていいところだなあと感じた。暴風雪の日に来ると、また感覚が違うのだろう。

稚内、札幌からヨシツグとユーミーが上京し、しばらく数日間我が家に滞在した後、ネパールに旅立つ。今の情勢にはいろいろな不安を感ぜざるをえないが、今のところ予定通りの派遣日程だ。すでに滞在中の2人と力をあわせて、4人で何とか突破口を見つけ出してもらいたい。

で、昨日帰ってきたばかりなのに、今度はこの後新幹線で新潟へ向かう。移動だけでもきついのに、授業があって、その他移動のためのチケットの手配もあり、いろんな意味で負担のきつい旅芸人生活を実感している。

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2006/04/05

6年ぶり

ずっとブログを休眠させていたが、その間、2月に中国、3月にネパールを訪問してきた。
ネパールから帰国した昨日より、東京に住まいを移すことになった。2000年に稚内に移ったわけで、実に6年振りである。
所属はそのままだが、生活環境は大きく変わることになる。東京を拠点に、地方遠征は頻繁になるだろう。海外遠征も、立地的には頻繁に可能な状態になる。

東京といっても、ここは中央区。
慣れ親しんだ新宿区あるいは西部地区に戻ったわけではない。
新宿からはトータル30分ぐらいはかかりそうだ。

というわけで、東京在住の皆さん、くまなくご挨拶状を差し上げることもないと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

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2005/11/21

開かずの間

片付け・掃除が嫌いなため、うちに人様をお招きする機会はほとんどない。
お招きする機会がないために、さらに片付け・掃除を行わない。
この悪循環は、もう10年以上も続いている。
子供のころ、父が若手の同僚をよく家に招いていたので、そういう気質が僕にないわけでもないのだけど、どうもそういう体制を作るのが苦手なのだ。

とはいえ、必要なものも見つからなくなるなどの副作用も激しくなってきた。やむをえず先週から少しずつ片づけをはじめた。かろうじてリビングは人に見せられる状態になったものの、まだそれ以外の部屋は、物置と同等ないしそれ以下という状態だ。リビング浄化のために、暫定的にものをほかの部屋に押しやっているので、ほかの部屋はさらにひどい状態になっている。

ごくまれに人様がおいでになる際に、リビングだけを使える状態にして、それ以外との間を締め切ってしまうので、これらは「開かずの間」と呼ばれている。

しかし仕事上必要になるものの多くは、この「開かずの間」に収容されているため、必要なものも見つからなくなるなどの副作用は、これでは解消しない。

先週末は久々に出張・外出がなかったので、ただいま「開かずの間」と格闘中。いろいろな歴史的遺産が出てきていちいち笑ってしまい、なかなか作業が進まない。

がちょうさんがミクシーの中で書いていたけれども、うちにも天井までの書棚が必要だ。そうでもしなければ、とてもじゃないけど、これだけの本を整然と収納することはできない。その都度必要だと思って買った本が、読まれることなく奥底に収納されてしまっているのでは、買った意味がないじゃないかと、いまさらながらに反省。

まず、大量に出てくる会議資料を、電子化してもらえるとありがたいなあ。

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2005/11/11

あ、ここ大事

先日本屋で、武部勤について書いた大下栄治の本を見かけた。昔、『永田町の都の西北』(たぶんそんなタイトル)という本を祖父からもらって読んでいたので、ちょっと興味を持った。今度買うことになりそう。

基本的に政治家の立身出世話で、あまり悪いことは書いてないのだけど、彼らがどういうプロセスでチャンスをつかんできたのか、なんとなく想像できるような内容だ。「あ、ここ大事だ」というところで、彼らはことごとくその匂いをかぎ分けて、ものすごい集中力を発揮する(少なくともそういう話になっている)。

学生を見ていると、そういう嗅覚のある人ない人が、ある程度見分けられるようになる。でも自分が嗅覚のある人になれるわけではないし、嗅覚のない学生に嗅覚をつけられるようになるかというと、それもできない。ただ観察しているだけ。ごめんなさい、というわけだ。

僕の嗅覚も、いろんな匂いをかぎ逃して(?)きた。振り返ればいくつかは、思い出したくない記憶がよみがえってくる。で、今もまた、何か僕の嗅覚が試されているように思う。相変わらず鼻の働きは鈍いような気がする。

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2005/11/07

諸々の事態をまとめますと

もがいているときには見えなかったことが、事態の変化に伴って、急にクリアに見えてくる。
その時その時には、熟慮を重ねて決めているはずなんだけど、結果的見ればそうじゃなかったということとか。
抽象的にはクリアになるが、実際の事態は複雑化する。

まあじたばたしたり、考え込んでも、仕方がない。
すべては時間が解決する、はず。
どのことについても、できる限り素直にいこう。

さいわい、没頭すべきことはたくさんある。

という生き方も、たぶん昔からあんまり変わっていない。

本田美奈子.の死には、30代の多くがショックを受けたようだ。
僕にとってもショックな出来事だった。でも結局のところ、自分へのフィードバックとしては、あきらめて「死」に向かって進んでいこうということしかない。

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2005/10/26

選択の季節

あまり大きすぎる目標を掲げることなく、そこにつきつけられた問題に対処して、その積み重ねが結果的に大きなものになったらいい。そうなったらなったでいいし、ならなかったらそれはそれとして「経験」として受け止めよう。選択したのは結局自分だ。

昔からそうだったのかどうか、自分ではもうよくわからないが、いつのまにかそんな風に考えるようになっていた。

十数年前、大学院に入ることにした時には、もうちょっと大きな理想を掲げていたのだと思う。だからおそらく、大学院生活の先にある厳しい現実を見てから、考えを変えたのかもしれない。以来節目節目の選択ですら、基本的な考え方は超現実的なものになっていった。実は細かいところでは、非現実的なところがまだ生きているので、一貫してはいないのだけど。

先日、NYから突然かかってきた電話には、少し考えさせられた。僕から見ると順風満帆な彼の人生にも、同じような、あるいは、コインの表裏のような、悩みが潜んでいた。うまく整理はできないけれど、たくさんの「トレードオフ状態」にぶつかり、それぞれのバランスに悩みながら、その実その調整をするような余裕は与えられていない、というのが、学部を出てからこれまでの自分たちだったということかもしれない。

きっとそういう場面での自分の「選択」というのは、これまでも他人にいろいろな迷惑をかけてきたのだろう。つきつけられた現実に、切羽詰まって対処して、切羽詰まっていたことを免罪符にして、その「選択」を正当化して。ここから同じことを繰り返していった先に見えるのは、この開き直りが、大きな揺れ幅となって、今まで以上にまわりに大きな影響を及ぼす状態だ。もうそういう立場なのだということに、早く気がつくべきだという声も聞こえている。ただもう一方では、自分では大きく揺れているように見えて、実はそれがある種の自惚れた自己満足に過ぎず、実際には周りの誰も揺れには気がついていない、という状態もうすぼんやりと見えている。どちらも半分ずつ正しいような気がする。

揺れても揺れはいずれ収まる。倒れた家具は、もう一度、元の位置に戻せばいい。倒れて困るものは転倒防止をしておくべきだった。揺らした僕にとっては、揺れないわけにはいかない状態があった。割り切って前に進むしかないような気がする。振り向いても実は何も変わっていないのに、振り向くのが怖くて、振り向かないかもしれない。

今年の学園祭も、一戸ゼミの模擬店では、そこそこの利益があがった。学生たちは、がんばった人、がんばらなかった人、がんばり方がわからなかった人、今年もいろいろだった。たかが学園祭、なんだけど、学生たちの普段見ることができない一面や、普段見逃している一面も見ることができた。他店の動きをつかみ、分析し、自分たちをいかに差別化できるか。僕はそういうビジネスライクな人間じゃないと思うのだけど、もっとシビアに自己分析をして、自分自身を他の人と差別化できるようになってほしいと願うからこそ、そして目の前にいる学生たちがそうじゃないからこそ、あえてわざと、その点を強調しているように思う。

そう。学生たちに対して思っていることは、きっとそのまま、今の自分にも当てはまるわけだ。

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2005/05/21

大久保のホテル街で偶然の出会い

思わぬところで人に会うことはあるもので、昨晩は、ずっと会っていなかった大学時代の先輩に、大久保のラブホテルひしめく一帯でばったり。

一緒に食事をする友人がくるのを待つ間、学生たちに大久保一帯を案内していたのだが、薄暗い路地ですれちがいざま「一戸君?」と声をかけられた。お互い公明正大に話せる状況であったからいいものの、そうじゃなかったら困るよなあ。ま、そういう場合でも、あの一帯のしょぼいホテルに入るとはとても思えないけど。

8月から再び渡米して、大学院に行くそうだ。それまでにまた会えるかなあ。いや、アメリカで遊んでくださいな。

考えてみると、学生たちに紹介した人たちも含めて、一戸人脈はみんな国際派なんだなあ。僕だけがドメスティック田舎派なだけで(派じゃないんだけど)。そういうのも学生たちにいい刺激になってくれたらいいなあと、淡い期待。

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2005/02/10

デシベル代理戦争

ココロは新人 - 上流設計88の課題と解決法: オピニオン = 「デシベル」 or 「情」

「そういえば似たようなことが書いてあったな」と思い出して、読み直している。

「代理戦争」はやだなあ。
「彼ら」には関係ないんだから。
でもあのやり方はどうなんだ?

ということを、毎年この時期ちょっとだけ思っていた。
そもそも制度趣旨にあまり賛成できないので、大して興味がないのだけど、「彼ら」の不利益にならないよう、できる限り客観的な目で、デシベル派の意見を眺めようと思っている。デシベル派といっても、デシベルだけじゃなくて、それなりに予防線、伏線のある、巧みな戦術で来るので、他のメンバーが「良識ある人々」を表面上標榜している限りにおいては、なかなかその戦術を覆すのは難しいし、そもそも他のメンバーはあまり関心がなく、穏やかにその場が流れればいいと思っているようなふしがある。

「彼ら」に火の粉が飛ばないようにしているつもりだけど、でもそれは「知らぬが仏」というだけのこと。実際には毎年ちょっとずつ、ただれさせてしまっている。申し訳ない。
といいながら、僕も「彼ら」予断を持って接していて、彼らのうちの近くにいる者たちだけに、ああやって愛情を注いでしまっちゃうことがあるんだろうなあ。少なくともそういう風に見られてしまっている可能性はあるなあ。と「他山の石」でもある。

小さな世界の小さな出来事にこだわらない。
というモットーを掲げてはいるのだけど、たまにやってくるこの手の「せつなさ」には、どうしても抗いがたい。考えれば考えるほど、「代理戦争」を回避しながら、有効な外交的解決ができたんじゃないかということになり、眠れなくなってしまう。

「個人-小集団-大集団」という構造の中にあって、個人の恣意性を排除するために小集団を作ったはずなのに、結局は「集団」の中で「個人」が横行してしまう。強力な指揮命令系統を持たず、システマティックであることよりも「ほんわか」とした柔軟性が愛されてしまうような小さな組織では、実は「個人」のおかしな理屈があちこちでまかり通ってしまい、結果周りの人たちがぐったりしてしまうことも多い。もちろん「ぐったり」にとどまらず、組織自体もおかしな相矛盾する行動準則をどんどん量産してしまい、迷走することになる。

実は組織や組織構成員の間のバランスオブパワーとかポリティクスには、もっとも関心がなくて、むしろ長期的関係を維持している「顧客」としての「彼ら」の未来のほうがよっぽど心配な僕なのであるが、デシベル代理戦争から距離を置こうとしても、結局はデシベルに侵されてしまっているのかもしれない。で、それを間接的に解決するような組織のあり方について、一番関心がないのに一番考えてしまっているのかな。なんだかばかばかしい。

UMLの話がこの前も出たのだけど、SMEs内部で「個人」を尊重しながら、適切な意思決定を行うためのサービスってできないもんですかね。技術は「利用者本位」で、というのは、こういうところでもあてはまる。


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2005/01/30

過去からの連続

mixiの早稲田コミュニティで知った、東京エイティーズを読みはじめた。コミックを読むのは何年ぶりのことだろう。

舞台は80年代前半の早稲田なので、80年代最後に入学した僕から見ると結構上の世代の話なのだが、何かと親近感のわく設定になっている。これは30代が主たる読者層なのだろうか。

「懐かしい」ということだけでなく、過去から現在に、自分が連続した存在だということに、あらためて気づかされる。外見も態度も立場も、時間とともに変わっていくし、自分のすごした場所の風景だって、どんどん変わっている。早稲田の周りの風景もだいぶ変わったし、この漫画が「携帯電話がなかった時代」を強調している通り、電話という学生生活をめぐる基本ツールの存在も大きく変わった。僕の場合は、田舎に住まないはずだったのに、なぜか都会から遠く離れた場所で、5年という時間が過ぎようとしている。

でも自分の内面は、そんなに変わってなくて、過去の記憶もかつて考えていたことも、案外頭の中に残ったままだし、人格も案外なにも変わっていない。こんな風に当時の自分が変わることなく、30代をすごしているとは、まったく考えもしなかった。

僕の周りにいる学生たちも、きっと似たような形で、いずれ同じことを思うことだろう。でおそらく、たぶん今の僕と同じように、少しの「後悔」を伴いながら、過去と現在が連続していることを感じることだろう。「そうなるんだよ」ってことを知らせてあげたいけれど、知らせてあげたところで、たぶん何が変わるわけでもない。

この作品の主人公は「俺は変わった」と言っている。「変わった」ということと、「変わってない」ということは、表裏一体なのかもしれないとも思う。僕の場合は、「30過ぎたら変わってるだろうなあ」と思ったけど、大して変わってなかったということであり、主人公の場合は「自分は過去から連なって生きている」ことを前提にしていたけれど、それがかえって過去の記憶と対峙したときに「変わってしまった」部分を浮きだたせている。

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2005/01/16

正月ボケ

年が明けて、半月も経ってしまった。
そろそろブログ再開しますか。

年賀状も完全サボりになってしまった。すみません。
いまさらながら、あけましておめでとうございます。

年末にあった「一戸ゼミ」大忘年会については、manbow!に(ひどいのも含めて)写真が出ている。僕が稚内で過ごした5年間のうち、いいところだけが凝縮された宴会だった。一つの区切りがきた、ということかなあと。これは期待をこめつつ。

その後弘前の実家に。予想通り、弟の結婚を機に、あれこれ追い詰められた。両親の気持ちはわかるが。

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2004/12/14

小さな世界の小さな出来事

稚内を離れてはや一週間。
遠く離れてもメールはやってくる。
稚内で何が起こっているかもだいたいわかる。

香港では人も街もなんでも活気がある。
人と人とのつながりから、どんどん新しいアイデアが生まれる。
なんでも金・金・金、というビジネス志向が強い街なのだが、これは稚内とは正反対で非常にいい刺激になる。
妙に保守的になって、どうでもいいことや、この際捨ててしまったほうがいいようなことを延々議論してみたり、卒論を先送りにして、自分たちで作ったイベントに奔走してみたり。
稚内を離れて冷静に考えてみれば、そういう選択をするとは到底信じられない。いや自分も選択に参加しているとすれば、自分もそういう選択に参加してきたということが、信じられない。

このギャップを知ってしまった僕は、何をすべきなのだろうか。
学生に伝えたい。。。伝わらない。
同僚に伝えたい。。。これもあんまり伝わらない。

環境が人を作るのか、それとも人間どこにいっても変わらないものなのか。
稚内に来る前の僕は、後者の立場だった。ネットワーク社会では、どこに住んでも平均化された情報を消費することができるし、それ自体がいいことなのか悪いことなのかわからないけれど、少なくとも自分自身は変わらずに前を向いて進んでいけると思っていた。まだそのつもりはある。しかし、周りの環境によって作られているんだなと感じる瞬間が増えている。

まあよく考えてみれば、答えは簡単。あまり人の考えと妥協しなければいいのだ。
1.学生に対しては、自分なりのアプローチで最大限のことをする。でもそれで自覚の現れてこない学生をつかまえて、座らせて、説き伏せて、がんばらせる(あるいはがんばらせた体裁をつくる)ことまではしない。基本は「大人」扱い。
2.同僚に対しては、最大限自分が最良と思われる意見を述べる。しかし最良だというのは自分の主観であるので、絶対相手が間違っていると思っても、その意見が通るかどうかにはあまりこだわらない。しかし納得できないことについて、自分の仕事としては引き受けない。ここでできる限りロスを防ぐ。自分が最良と思われることで、他人と戦わなくても実現できることはいくらでもある。まだまだ大学はいいところになる。
3.自分の将来に向けての活動を最優先する。研究活動を主とし、それ以外の実践についてもよりプライオリティを高める。なまこオンデマンドも干し貝柱オンデマンドもいいじゃない。本格中華もいいじゃない。やれることはいくらでもある。

原則は案外常識的なものだ。えー、こんなこともできてないのか。

要するに、小さな世界で起こっている小さな出来事にあまりこだわらず、自分のやるべきことだけを取捨選択して、時間を有効に使って進めということだろう。雪のことや天気のことばっかり考えていると、やっぱりだめなんだわ。

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