カテゴリー「映画・テレビ」の記事

2007/10/10

映画「アイリス」のことを思い出した

大叔母が晩年どんなことを考えていたのかなあと想像しているうちに、どこで見たのか忘れてしまったが、「アイリス」という映画のことを思い出した。


1950年代、恋愛経験豊富で奔放なアイリスと純粋な青年ジョンはオックスフォード大学で知り合った。これまでの男性にはないジョンの誠実さにひかれ、ふ たりは結婚。才能豊かなアイリスは小説家とした大成する。しかし、老人となったアイリスに突然アルツハイマーの症状が現れる。物忘れがひどくなっていき、 行動も言動も、これまでのアイリスとは思えぬものに。そんな自分の変化にとまどい、心がますます乱れていくアイリス。ジョンは彼女に誠心誠意つくすが、彼 も介護生活に疲れ果ててしまう…。


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2007/07/24

JOHO新潟

URLではなくて、検索語を示すテレビCMが増えている。
さっきみた専門学校のCMでは、検索語が「JOHO新潟」だった。
これを見て思ったことは二つ。

1.テレビCMを見て、検索語を入れる、という一連の行動により、何とかこの学校のページにたどりつけるという生徒は、僕の印象では、全角/半角、ひらがな/英数の切り替え操作がおぼつかない人が多いと思う。ということは、「JOHお新潟」なんていう入力語になってしまったり、全角で「JOHO」になってしまったりしてもいいようにする必要があるわけだ。いまやってみたところ、全角で「JOHO新潟」でも大丈夫だけど、「JOHお新潟」はさすがにダメだった。和文英文の混在した検索語を指定するのは、結構リスキーだという気がする。

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2007/05/30

殯の森

映画「殯(もがり)の森」を見るために、めずらしく2時間テレビの前に座ったのだが、途中、これまためずらしく家の電話が鳴ったりして、後半集中力が低下した。

『殯(もがり)の森』は、奈良を舞台に認知症の老人と事故で子供を失った介護福祉士の女性が、道に迷って森をさまよう中で再生の希望を見いだしていく物語。深い森の美しい情景とともに、2人の心の交流や感情の変化を描いている。

映画のあらすじは、短くこんな風にまとめられている。最後のほうの集中力の低下で、感情移入できなかったのだが、考えさせられる内容であった。日本人と違う死生観を持っているであろう、カンヌにいた評論家たちが泣いたというのは、意外といえば意外であるが、やはり死というものに対する視線は、万国共通のものがあるのだろう。

 

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2007/04/05

たかが納豆の番組である

リンク: 池田信夫 blog 「あるある」たたきでは何も解決しない.]

だが冷静に考えてほしい。たかが納豆の番組である。納豆を買いに走った主婦は腹が立つかもしれないが、だれを傷つけたわけでもない。これに比べれば、地球温暖化を誇大に報じて統制経済を推進するNHKや、「従軍慰安婦」の誤報で日本の外交を窮地に追い込んだ朝日新聞のほうが、はるかに罪が深い。

納豆がスーパーから消えた頃、在庫切れの「お詫び」の写真を何枚かとって、Flickrにアップした。こういうのは Photojournalism.というグループのPoolに投稿してもいいのかなあと思ったのだが、ちょうどそのときは政治色の強い報道写真ばかりが並んでいて、結局思いとどまった(今あらためてみたら、ほとんど個人的なものに見えるの含めて、いろんな写真が投稿されているようだ)。

捏造の話は、「その後のこと」でもあり、もう少しシリアスではあるが、「そこまで騒ぐことか?」という点では共通している。

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2007/01/17

X51.ORG : タクシー運転手がコンピューター専門家と間違われて生放送に出演 → 何となく音楽ダウンロードの未来を語る

BBCにたまたまいたために、「コンピュータ専門家」とまちがわれて、ニュースに出てしまった人。ちょっと焦ったけど、なんとなくそれっぽくコメントしている。

リンク: X51.ORG : タクシー運転手がコンピューター専門家と間違われて生放送に出演 → 何となく音楽ダウンロードの未来を語る.


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2006/12/11

インタビュー:池田信夫氏(3)通信と放送の未来:阿部重夫編集長ブログ:FACTA online

池田信夫氏インタビューの続き。

リンク: インタビュー:池田信夫氏(3)通信と放送の未来:阿部重夫編集長ブログ:FACTA online.

池田 ニュースやスポーツのように一度に何百万人が見るものや、災害情報などリアルタイム性が必要とされるものは、1対多の通信としてずっと残るでしょう。

一方、放送局側が録画して作ったものを視聴者がリアルタイムで見る必要はないわけです。例えば、NHKの番組の約90%は録画です。長期的に見れ ば、番組も本や雑誌と同じように、欲しいときに取りに行くオンデマンドが当たり前になる。そうなれば通信と放送を区別することに意味がなくなります。

これは全くその通り。それ以上のことを「放送」というぜいたく品でやる必要はない、といえば、ない。バラエティをぜいたく品でやらなくてもいいだろうといったら、「いやそうはいっても、ぼうっとバラエティ番組でも見たいってときもあるじゃない?」という声が出そうだ。が、それもHDで録画したものを見ればいいし、それならブロードバンドで安上がりに流してもいいのだろう。

ただ制作費をどこからひねり出すか。結局テレビCMというのも、「テレビCMは効果がある」という幻想に成り立っていたのだすれば、その幻想がコンテンツを作り出す原資だったわけだ。徐々にそれが消えていったとき。。。まあバラエティの代わりにFoodies TVを見ることになっても、僕はあまり困らないけど。。タレント以外に困る人はいるかなあ。

速報性はないけどもう少し公共性の高い番組「NHK特集」とか『わが愛しのキャンディーズ』みたいな番組は、どうなるのか。恐らく一斉放送で、ブログでわっと噂になる(キャンディーズはかなり話題になっていた)というような現象は、だんだんなくなって、どちらかというと、WOWOWのジェーミーオリバーのように、じわじわといくケースが増えるということか。いずれにせよ、「紅白」を筆頭とする「はい、国民の皆さん、テレビの前に集まって」という番組の流し方は、なくなってもあまり困らなさそうだし、実際になくなってしまっている。

いまのテレビ画質の映像をオンデマンドで見るには、DSL(電話線を使った高速デジタルデータ通信)では難しいし、何百万人が一斉にオンデマンドで 接続しても耐えられるサーバはありません。パイプの部分は光ファイバーになれば何とかなりますが、サーバがボトルネックになってしまう。

また、事業者側から見ても、IPを使って快適な映像配信サービスを行うには、利用者数に比例した設備増強が必要でコストの負担が重い。事業者曰く、 テキスト主体のサービスとはコスト構造が異なるのだそうです。USENの「GyaO」がインフラコストに苦しんでいることがその証左でしょう。

仮に今後もムーアの法則どおりに半導体技術が進歩しても、日本全国の視聴者がオンデマンドで映像を見られるようになるまでは、5年から10年は掛かるかもしれません。

この視点は、僕の中で欠けている部分なのだが「テキスト主体のサービスとはコスト構造が異なる」というあたりが、きちんと世の中に出てきてもらえると、理解しやすい。大学で学生たちと話していても、Bittorrentについてはあまり学生たちは知らない。が、恐らくこのボトルネックの解消に、BittorrentもLooc(というかGrid?)も少なからず関係しているのだろう。

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2006/12/08

インタビュー:池田信夫氏(1)「先祖返り」するNHK:阿部重夫編集長ブログ:FACTA online

FACTAでの池田信夫氏へのインタビュー連載が始まった。

リンク: インタビュー:池田信夫氏(1)「先祖返り」するNHK:阿部重夫編集長ブログ:FACTA online.

「国際放送に対する政府の命令は、菅総務相の点数稼ぎにはなっても、実質的な意味はほとんどない」というのは、僕も前に書いたところだが、そこから先はもっと過激だ。NHK在職時の経験として、総務省(当時郵政省だろう)から、普段から番組内容について電話はかかってきていて、適当にやり過ごしているというのは局内では常識だとか。圧力なんて前からかかってるわいと。

第二回になると、放送という「業界」が、いかにこのカテゴリーに配分される電波を死守しようとしているか、そしてそれが電波利用の効率としてはものすごく悪いんだという話になっている。

先週の学会で、結局最後に「ジャーナリズム」として残るのは、プロの文章力とかプロの取材力とか、それに対するリスペクト、つまり、中身の部分しかなくて、それに対して社会はコストを負担するかという問題になるんだなと感じた。その流れでいくと、形式としての「電波」を守ることによって、実質としての「報道の自由」や「表現の自由」を守ろうという発想は、既得権者の思惑にもっともらしい衣をかぶせただけなんじゃないかという、少なくともそういう疑いを持ってみたほうがいいということであろう。

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2006/12/04

『わが愛しのキャンディーズ』

RSSリーダーの「キーワード」に入れてみたところ、案の定、そこそこ話題になってるようだ。
『わが愛しのキャンディーズ』という番組、帰宅してテレビをつけたら番宣をやっていたので、ついつい見てしまった。
NHKはもちろんのこと、テレビ局は、ニュースと並んで、こういう「加工」を中心とした仕事に力を入れていくべきだろう。Youtubeに断片的に映像が載ることはあるかもしれないが、当時を知らない世代にとって、このように「まとめ」てもらうのは、「プロの仕事」として尊敬できるというものだ。

ところで、今流れている解散コンサートは昭和53年だから、、、1978年。それから、28年の年月が流れている。途中に出てきたキャンディーズファンの全国組織、「全キャン連」の皆さんも、全国各地のコンサートにバイト代をつぎ込んで「追っかけ」に行っていた人も、もう50がらみになっているわけだ。伊藤蘭も田中好子は、その後もテレビで見ているので、まあそれほど違和感は感じない(それもまた不思議ではある)。一方で、仕事関係で会った偉い人が、「実は私昔全キャン連で。。」とカミングアウトしたら、どうにもリアクションが取れなさそうだ。

まあでも僕らの世代も、すでに下の世代にそのように思われているのかもしれない。

ときどきラジオで70年代のフォークソングが聞こえてくるときにも同じ事を感じるのだが、キャンディーズの歌も、よくよく聴いてみると含蓄がある歌詞のものがある。子供の頃に意味も分からずに聞いて、そのまま断片的な「うろ覚え」になっていたものが、あらためて聞いてみると「なるほど、そういう意味だったか」と、理解できるようになる、ということだろう。

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2006/12/01

苦節6年「BSデジタル」 機は熟し攻勢へ - CNET Japan

新潟に来てから我が家にも導入された。

リンク: 苦節6年「BSデジタル」 機は熟し攻勢へ - CNET Japan.

今のところまだ、わざわざこのために買い換えようというほどの番組はそろっていない。地方在住者の場合には、ワールドビジネスサテライトなど、テレビ東京のいくつかの番組が見られるというのがメリットといえばメリット。

それと気になるのは、反転攻勢にでるBSデジタルと地方局との関係。補助金を使ってまで地上デジタルをやらなくたって、デジタル化するだけならBSデジタルでよかったわけで、結局放送の多様性を維持すると称して県域ごとの地方局を維持したことの意義がこれから問われることになる。

地方から地方からといいながら、実はみんな東京発の情報にどっぷりつかっており、比較的隔絶された地域では、ただ身の回りの情報がないというだけの状態、あまり隔絶されてない地域では、みんな都会に引き寄せられていってしまう状態に陥っており、地方局の存在感は正直言ってあんまり感じない(その点北海道はよくがんばっていると思うが、あれは札幌が隔絶された王国だという点に起因するのだろう。)。ネットでの情報が東京に偏在しているのも、人の数だけでなく、こうした現状と何か関係があるような気がしてならない。

明日は、本務校で「地方からの情報発信」について話すことにしているのだが、このままではあんまり明るい話はできそうもない。

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2006/11/24

「ただ、君を愛してる」

このところ、映画といえば飛行機で。映画館ではめったに映画を観ることがないのだが、飛行機では暇つぶしにだいたい一本ぐらいはみてしまう。今回は洋画にみたいものがなかったので、なかば消極的選択で、学生たちが「よかったよかった」とうわさしている、宮崎あおいと玉木宏の「ただ、君を愛してる」を見た。

これは結果的には正解。後半の展開にはやや不可解さも残るのだが、前半の学生時代のストーリーはすごく共感できる。学生時代のちょっとしたすれ違いが、その後の展開に大きな影響を与えるところとか、講義はBGMだというところとか(?)

大学の教員というのは、自分たちの影響の下に学生たちが成長していくことに喜びを感じる人が多いように思うし、当事者としてはそうなるように努力するべきなのだが、しかしどこかで、「僕らはBGMでいいじゃないか」っていう諦めも、必要だという気がする。なぜなら、そういう意識を多少はもってなければ、学生生活のドラマが作り出されるような舞台装置の設定を、大学が怠ってしまう可能性があるからだ。研究・教育の充実にどれだけ力を注いでも、学生たちの生活がひからびていて、ドラマの1つ2つも生まれないようでは、大学の発展は望めない。僕はそう思う。

BGMの立場であれ、こうしたドラマの現場である大学に居続けられることは、結構恵まれていることなんじゃないかと思うことがある。あの場に戻りたい、という気持ちで、職員となって大学に戻ってくる人も結構居る。そういう気持ちを教員をあんまり持ってないような気がするのはなぜなんだろう。

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2006/11/02

ジェイミー・オリヴァーの給食革命!|WOWOW ONLINE

稚内にいたころ、「みんな、味がわかんないから、そんなジャンクフードばっかり食べるんだよ。」と、よく言ってたのだが。

WOWOWでひっそりやっているこの番組は、すごく面白い。

リンク: ジェイミー・オリヴァーの給食革命!|WOWOW ONLINE.
リンク: Jamie's School Dinners — Home.

低予算で、加工食品ばかりの、ロンドンの学校給食を、人気シェフのJamie Oliverが改革しようとするドキュメンタリー。UKではかなり人気番組だったようだし、日本語ブログ界でも、地味に話題になっている。

調理をする人たちが、今までの何倍も手間がかかることに抵抗するのは、ある程度予想できるし、おいしい食事を出そうとすると、予算オーバーになってしまうのも、予想の範囲内だが。

なんといっても驚くのは、子供たちの反応だ。ジャンクフードに慣らされた子供たちは、Jamieの作ったまっとうな食事を食べられないのだ。フライドポテトとハンバーガーのほうがいいらしい。そう、ほんとに、「味がわからない」のである。

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