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2010年8月15日 - 2010年8月21日

2010/08/16

柏崎市高柳荻ノ島で撮影された映画「キャタピラー」を見てきた

6月のフォトウォークで訪れた柏崎市高柳。高柳の荻ノ島という地区は、かやぶきの里として知られているが、このエリアでロケが行われた映画「キャタピラー」を、公開初日の8月14日に見てきた。試写会以外で映画館に足を運ぶのは本当に久しぶりで、ひょっとすると新潟に引っ越してきてから初めてかもしれない。この映画は、寺島しのぶがベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した作品ということで知られている。

新潟県内では、新潟市の「シネウインド」のみで上映されている。

戦時中、四肢を失った帰還兵とその妻のストーリー。冒頭、四肢を失った夫(すなわち芋虫、キャタピラーとなった夫)が、家族の前に現れるシーンは、非常にショッキングで、戦争とはここまで残酷な運命を人々に強いるのかと、誰もが思うだろう。フォトウォークで、のどかな荻ノ島の風景を見てきた僕にとっては、なおさらその思いは強かった(ロケはこのほか、新潟県内の栃尾や刈羽でも行われたそうだ)。

戦場で命を落とす兵士たちの姿ではなく、帰還兵とその家族の苦悩を描くというのは、あまり日本映画にはない切り口なのだろう。しかも、その食欲や性欲と言って、原始的な欲求のレベルまで切り込んだ作品となると、非常に珍しいとは思うし、この視点は重要だ。

子どもの頃、弘前さくらまつりの会場近くで、傷痍軍人の人たちが音楽を演奏しながら物乞いをしているのを見たことがある。母は「あれは偽物だ」といって取り合わなかったし、事実そのようなケースが多かったのであろう。しかしそうした「にせ傷痍軍人」の存在もあいまって、戦後自分たちは、傷痍軍人たちの存在について、無関心になっていき、結果としてことの本質に向き合うのを忘れてきたような気がする。

『戦争における「人殺し」の心理学』という本のように、「生きる」「死ぬ」以上にもう少し詳細に、戦場に送られた人間がどのような犠牲を強いられ、生きて帰るにしてもどのような状態に陥るのかを、考えるべきなのだと思う。


元ちとせの「死んだ女の子」が主題歌として流れる。ヒロシマをテーマとしてこの曲は、映画のストーリーに直接関係はないのだが、日本から「反戦」のメッセージを発するとおいう意味では、統一されているという趣旨なのだろう。コンテキストとしてはあまりピンとこなかったが、それを吹き飛ばして、心を揺り動かす迫力がある曲であった。

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