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2007/08/20

水木しげるのラバウル戦記

我が名は十庵 | 戦争のコスト.」がきっかけで、『水木しげるのラバウル戦記』を買い、一気に読んだ。



一兵卒として戦場に送り込まれた人間にとって、ラバウルでの戦いとはどんなものだったのか。非常によくわかる一冊。水木二等兵は、十中八九魚雷で沈められてしまう輸送船に乗せられ、ラバウルに上陸する。兵卒たちには、何が起こっているかを理解する機会はほとんど与えられない。日々戦いの危険にさらされ続けるだけでなく、初年兵である彼には、さまざまな雑用や上官の理不尽なビンタといった試練もある。
彼の部隊は敵の奇襲にあい全滅するが、水木自身は左腕を失いながら、何とか生き延び、45年8月15日を迎える。このときも「ポツダム宣言受諾ってなんだ?」と、負傷兵たちの多くはその意味で理解できなかったという。

戦争の極限状況に関する、悲壮感漂う内容のようだが、実はそうではない。戦場にあって、水木自身は非常に楽天的に、独自の視点と行動を とり、ラバウルの原住民とも親交を深めたという。全体的には明るく楽天的な視点が貫かれていて、読んでいてときに笑ってしまうのだが、それでいて、実際に起こっていたことがそんなお気楽な事 態でなかったことは、もちろん、容易に想像がつく。

結局僕らは戦争のことを何も知らないんだと思う。知らない人同士で、「子どもを戦争におくるな」と叫んでみたり、「再軍備をしてまともな国にならなければならない」と語ってみたりしている。僕は当面、どちら側の叫びにも語りにも与しないまま、知らない人なりに、先人の経験や知恵を耳を傾けようと思う。

以下の『戦争における「人殺し」の心理学』はまだ読みかけだが、これも非常に興味深い。戦争にいくと人は「人殺し」になる。そんなの当たり前のことのようだが、実は普通の人間が「人殺し」になるのは、そんな簡単なことではないらしく、多くの兵士が銃口を敵に向けるふりをして、微妙に標的から外している。


まだ最初の章を読んだだけだが、今のところはそんな話だ。

兵士を効率的な戦争の「道具」とするためには、「普通の人間」ではない、平気で人殺しができる人間にして、おくるのが一番よい。軍事教練の目的は、そのように人間を改造することにある。そういう話に展開していきそう。

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コメント

私のような戦争を知らない世代は戦争を知っている世代から学ぶしかないんですよね。
でも、戦争を知っている世代も「想い」があるからバイアスを避けられないのだけれど『ラバウル戦記』からはそういうのをあまり感じなかったんですね。インテリゲンチャー過ぎる面はあるもののマンガ版『神聖喜劇』も『ラバウル戦記』に近いものを感じました。

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