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2007/07/27

どこかで世界の人につながる可能性

はてなスターは、ココログに非対応だったので、僕は使っていないのだけど、近藤淳也さんが米国法人設立後の話とともに、はてなスターのコンセプトについて語っている。

リンク: 自己採点は60点? Hatena Inc.が過ごしたシリコンバレーでの1年間:インタビュー - CNET Japan.

というのは、今は“本当に強い人”しかブログを書けないじゃないですか。変なことを書くと、突然すごい人たちがやってきてお祭りになって、なんかこ う「別にあなたたちと喋りたくてこんなことやってるんじゃないんだけど」っていうようなところまで土足で上がっちゃうみたいなところがあって。

 

 確かに普通の人でインターネット文化とかには興味ないけど、ちょっと日常生活のおもしろいこと書きたいって人が「SNSの方がいい」っていうのは わかる気がするんですよ。でもやっぱりどこかでブログにこだわりがあるのは、そこに籠もっちゃったら他の人には何も届かないから。


 

 インターネットの良さってどこかで世界の人につながる可能性があるっていうところだと思うんですね。そこがどうしても諦められなくて。


 

 わざわざ外に書くようなことじゃないってことでも気軽に書いて、さらに良いことがそこで起こるっていう連鎖反応みたいなことが起こせれば、もう少し使ってくれる人も多くなるだろうし、世の中にとってもいいんじゃないかなと根本的に思ってるんですね。

 


 

 そのなかで今の問題は、パブリックなとこで書くと怖い思いをするとか、よくわからないことを言われるみたいなことだと思うんですけど、で
もそれが全部なくなればいいとは思わないんですよ。やっぱり批判的な意見は建設的であることも多いし、いろいろな立場の意見があることはいいことだと思う
んです。


 

 少なくとも、例えば普通の文章を書いてて、読む人は「へーっ」て思うくらいの感じだと思うんですね。そのときに「へーっ」て思ったという事実がその人に届いてれば、そんなに辛い思いをしなくても済んだはず。そういうことがすごく多い気がしてたんです。


 

 最後まで読むってすごいことじゃないですか、人の書いた文章を。これだけ情報が溢れていて、文章なんていくらでもある中で、たまたまその人の日記
を上から下まで全部読んだっていう事実だけでも本当にその人に届けるべき出来事だと思ったんです。それが今は可視化されてなくて、そういうことをちゃんと
目に見えるようにしたいと思って、はてなスターを作ったんです。

誰かが「はてなスターって、日記才人の投票ボタンみたいなものだ」と書いていたけれども、その通りなのかもしれない。90年代のネット社会で、知らない人との邂逅する喜びを知った人たちには、はてなスターの意義はすーっと理解できるのかもしれない(僕は試してないのでまだよくわかってない)。たぶん現役の学生世代にもそういう感覚はあるんだけど、「mixiのほうがみんな見てくれる」と、ときどき言われる。たぶんその学生の友人は、携帯だけでウェブを利用していて、かつ携帯だけなので、「ウェブ」を自由に使っているという感じではなく、何かの拍子で参入することになった「mixi」それ自体を見ているのだと思う。だから、それ以外のところに出てこようとは思っていないし、出られないし、だったらみんなでmixiにいればいいじゃんということになるのだろう。

「どこかで世界の人につながる可能性がある」っていうのは魅力的ではあるのだけど、ブログを始める最初の段階ではまだ全く具体化していないことなのだ。「ブログはじめたんだよねー」と直接伝えられる友人以外に、自分のブログを見てくれる人がいるという確信は全くないので、「どこかで世界の人につながる可能性がある」という期待は、あまり持っていないのだと思う。その上、「変なことを書くと、突然すごい人たちがやってきてお祭りにな」るなんてことをいわれると、もう怖くなってしまって、ますます内側にこもりたくなるはず。ほんとはそんなに注目なんてされてないんだけど、かといって無防備でもまずいという、その辺のさじ加減をどうつたえたらいいのか、いつも学生と話すときに迷っている。

小倉先生の「初心者は最初から実名を出して、まともな言論空間に参画できるよう、鍛えていけ!」という主張は、たしかに過激すぎるとは思うし、実際の学生たちを見ていると、とてもそんなアドバイスはできないけれども、言論空間全体をまともなものにしていくための一つのアイデアとしては理解できる。

学生にどう伝えるかという意味では、近藤氏の考えは結構共鳴できたし、一方で、NOV1975さんの最近の力作「 novtan別館 - 初心者が実名でブログを書くならば.」のうち、後半の「それでも実名で活動したい!」の部分は、非常に参考になった。ご本人としては、この部分は傍論のつもりだと思うが。

ただ「近藤+NOV1975」の組み合わせで学生に話をした場合、おそらく「危険性」を感じた大多数の学生たちは、結局mixiにこもるだろう。

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