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2005年2月27日 - 2005年3月5日

2005/03/03

(教育)にITをどう使うか

2005/2/28
「この世は弁証法でできている」
は、どうやらゆきみ先生がユーミーの疑問に答えたもののようだ。

情報教育を狭い「コンピュータの使い方」という考えから解き放って、ツールとして、教科教育やその他教育のあらゆる場面に応用することから考えようということだろう。「応用」っていうのは誤解を生むかもしれない。教育という目的を側面支援するものが「情報」なり「IT」であり、それによって教育のすべての領域が活性化されると。

そうなると、やっぱり情報教員も「側面支援」っていう今の位置づけから抜けられなくなるのかな。でも考えようによっては、情報教員は学校での教育プロセス全体を見渡して、必要な技術を導入したり、生徒の適応力(使えるようにする)を高めるという役割も担っているともいえる。

ここでの内容は、「教育」である必要はなくて、たいていのジャンルのことに共通するだろう。技術的先進性と、それを利用したときの効果とか、インタフェースをどう改良するかという問題は、だいたい別の次元の話になる。そしてどうも技術者はそういうことを瑣末な事柄として軽視する傾向がある(ように思う)。

一方自ら開発する技術を持たない利用者は、本質的に技術の奴隷になってしまう。もちろん現れた技術を評価して、受け入れたり受け入れなかったりという選択はできるのだが、たとえば「こんなコミュニケーションツールがあったらいいなあ」と夢想したところで、それが実現できるかどうかは開発者しだいなのだ。だから、開発されたものを試してみるところからスタートするしかないし、あるいはそういう「奴隷」状態に反発を感じる人は、もはや新しいものに食いついてみようという好奇心すら失ってしまう。

そろそろそういうコンプレックスから卒業したほうがいいと思うのだけど、なかなかそうならないから、いつまでたっても表計算を教えてごまかす「なんちゃって」情報教育がはびこるのであろう。教員サイドのコミュニケーションがうまくいっているならば、情報教員を中核にしながら、「もしこういう技術があって、それに教員・生徒・学生が対応可能だったら、こんなことができるのに」という夢想談義ができるし、そこから先いろんな可能性が広がりそうではある(やらないんだろうなあ)。やらない雰囲気もなんとなくわかる。

情報教員は少なくとも、新たな技術を利用することについて、鋭いアンテナとキャッチした情報への好奇心を持ち続けられる人でなければならない。ルーティンに釘付けにされるようでは、やがて「表計算でいいですよ、うちは」という人になってしまう。そういう意味では、「教育教育教育」と唱えてやまない情報メディア学部の教職履修者は、「情報」がもたらすものについて、もうちょっとまじめに考えたほうがいいし、まじめに考えたならば、もうちょっと卒業研究の方向性も変わってくると思うけどなあ。

もちろんこれは「情報」の側から考えていった場合の考え方で、「教育」それ自体にさまざまな別の課題があることもわかっているけど、ここは教育学部じゃないし、それでは教育学部出身者と勝負できないんじゃないかなと思う。

さて前々から学生から言われていること。教職履修者に今のカリキュラムは難しすぎるという話だ。この指摘にはいつも考えさせられる。たしかに技術者になるための教育を教員になりたい人が受ける必要はなくて、もう少しユーザの視点で適応力を高めたほうがいいように思う。が、それも程度問題だ。僕もそうだけど、結局「技術の奴隷」になってしまうと、どうしても発想がそれに制約されてしまう。耳元で悪魔がささやく「表計算でいいじゃん」という言葉に負けてしまうのだ。必要なものを自ら調達して、一つの学校での「情報」を組み立てていくためには、「目利き」の力ぐらいは必要だろう。「奴隷」ではなく「目利き」になるためには、どの程度のことをやったらいいのか。答えはない。

P2Pコミュニケーションの可能性と法的課題

落合先生のブログから、「P2Pコミュニケーションの可能性と法的課題-コンテンツ産業はP2Pといかに向き合うべきか-」というシンポジウムの情報を得た。もう締切済み。

こんな夜中に同じようなテーマの原稿に苦心している身からすると、是が非でも行って頭を整理しておきたいところなのだが。。。でもこっちはこっちで締切が。。。。

田舎暮らしを始めて5年、できる限りフットワーク軽く飛び回っているつもりだが、やはり目いっぱいアンテナをはっているつもりでも、いろいろ見落としが出るのは避けがたい。
とはいえ、東京にいたらいたで、1万円の参加費を言い訳に参加を見送るかもしれないが。


2005/03/01

ラジオ体操

- ラジオ体操という仕掛け

黒田勇『ラジオ体操の誕生』青弓社、一九九九年の書評である。

でも、僕の関心はまったく別のところにある。まったく別、というほどでもないか。

子供のころ、野球中継を見ながら、野球のルールを覚えた。でも(「タッチアップ」だったと思うが)一部ルールをしばらく誤解していたことがある。しかしそれでも、僕はテレビを見ながらルールを覚えたのだ。
ラジオ体操は、ラジオで体の動かし方を伝えている。僕はどちらかというと、周りにいるほかの人の動きを見ながら、体の動かし方を覚えた記憶がある。あの早口のラジオの説明だけで、ラジオ体操を覚えられたとはとても思えない。

ある段階からラジオ体操は「国民の常識」となったのだが、黎明期にどうやって国の隅々までこれを伝えたのか。体育の教科書に載っていたような図で説明したのだろうか?それにしても、ある地域でだけ、間違った動き方が定着してしまったなんてことはないのだろうか?少なくとも伝播のスピードは、今とはまったく異なるものであったような気がしてならない。

2005/02/28

改正された音盤に関する著作権法 - [韓国インターネット事情]All About

改正された音盤に関する著作権法 - [韓国インターネット事情]All About

これまで、韓国ではレコード製作者と実演家は「伝送権」を一切持っていなかったということか。しかし著作権者には「伝送権」がすでに認められていたのであるから、「個人ホームページで利用する程度では法的に問題視しない」という慣行は、特に変わらないような気がするのだけど。


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