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2005年2月6日 - 2005年2月12日

2005/02/10

一戸ゼミの総合研究を総括

「卒論」の報告会が8日に行われた。
「お披露目」が終わったので、一戸ゼミの学生についてだけ、率直な感想。

<総論>
少なくとも「社会」領域において、一戸ゼミメンバーは、「情報メディア」への適合性という点で、今年も比較的意欲的な取り組みをしてくれた。でも、看板だけ意欲的というものも多かった。
「情報メディア」の定義はやりようによって相当広くなるのだけど、ここにいう「適合性」は、情報ネットワーク社会に関わる新たな問題領域に切り込もうとする意識、という程度の趣旨で理解してほしい。「入り口」論争をやるつもりはない。新しい現象の表面にとらわれることなく、その本質を見よ、という主張がその対極にあるとすれば(対極にあるとは思わないけど)、それはそれで否定はしない。たぶんその通りではある。しかし少なくとも学生たちには、それを新しい技術にキャッチアップしない・できないことの免罪符にしてほしくない。新しい技術に常に貪欲に取り組みながら、単に技術トレンドに流されることなく、表層にとらわれない視点で研究に取りくめということであれば、まったくもって歓迎である。

<個別評>
主査として評定会議の際には心ならずも擁護してしまった面がある(良くない愛情表現だと思う)のだけど、もう会議は終わった。
ここではあえて歯に絹を着せず、率直に書こう。点数はつけない。コメントのみ。

S.Y 「P2P(ピアトゥピア)と音楽著作物」
P2Pでの音楽ファイルの流通と、DRM利用の合法的音楽配信ネットワークを通じた音楽ファイルの流通を、対比的にとらえ、P2Pをめぐる日米の判例における議論を交えながら、ネットワーク上での音楽利用についての妥当な解決策、妥当なビジネスモデルを探ろうという、ありがちであるが壮大なテーマであった。しかし、判例研究ですでに息が切れてしまった。また、興味があるといって始めた割には、実は実際のサービスの実態もあまり知らなかったので、そこで立ち止まってしまった。「え、こんなことできるんだ!」と立ち止まって楽しんでしまったということか。
入り口までたどり着いたところで終わってしまい、残念ながら僕が想定していた枠組みにすら到達してくれなかった。
前期の勉強会にまじめに来ていれば、問題の本質をつかむのに、これほど苦労することはなかったので、結局「さぼり」のつけだと思う。
途中で自動車業界への就職が決まったことも、かえって悪いほうに作用したかもしれないね。ただでさえいすに座っているのが苦手なのに、当面関わらない業界の話になってしまったので、さらにいすに座れなくなったということか。

Y.M「公衆電話の必要性」
「必要性」という言葉を最終的にタイトルに使った。これに代替すべき言葉が見つからなかったということが、この研究の破綻を象徴している。公衆電話に関する利用可能な資料が少なく、苦労したと思う。本来なら事業者や事業者団体へのヒアリングを行う必要があったと思うが、稚内にいたままでは難しかったし、休み期間でそれを実行するには、準備があまりにも不足していた。
民間セクターが採算性を維持しながら、公衆電話を設置し続けるのは難しい状況がどんどん近づいているはず。しかし公共的なサービスとしてこれを維持していこうという議論はあまり盛り上がっていない。公衆電話は、「あまねく公平」に提供されるべきユニバーサルサービスとして位置づけられるのかどうか、だとすればその根拠はどこにあるのか、またそのためのコストは誰がどのような形で負担するのか。残念ながら、説得力のある具体的な提言はなかった。でも、8日のプレゼンでは、大きな改善があったので、安心した。
「公衆電話」という、比較的「ローテク」なテーマを選んだのは、おそらく、わりと身近にあってわかりやすく、それでいて「情報に絡んだ」研究ができるという判断があったのではないかと思う(ちがったらごめん)。しかし実際には、身近ではない問題に引きずりこまれて、苦しんでいるように感じた。

N.I.「人々の移動と社会への帰属における考察」
自分が指導しておいてなんだけど、残念ながら「許した」としかいいようがない。タイトルの言葉遣いからしてよくわからない。当初「海外移住」という「なんじゃそりゃ?」系のテーマでスタートしたのだが、最終的には中高年の「ロングステイ」を支えるサービスの充実を、国際電話の「ローミング」から類推して検討するということになった(という報告は受けていなかったが、いつのまにかそうなっていた)。結果的には、「海外に行っても、あらゆるサービスがなんでもワンストップショッピングで利用できるようになればいいのに」という空想的な内容になってしまった。で、その趣旨は、タイトルからはまったく読み取れない。この構想の先に「国民総背番号制」ならぬ「世界共通背番号制」があるという点を、僕からもプレゼンの際の聴衆からも指摘されたが、質問の趣旨すら理解していたとは思えない。また、主権国家の分立という現在の国際関係が、このような「空想」だけで変わるわけがないにもかかわらず、ひたすら「ロングステイの増加」という日本国内の事情だけを根拠に「べき論」で突っ走っても、まったく説得力がない。自分の空想が実現できない要因を、詳細に検討するのであれば、まだ評価する余地はあったのだけど。
これも「情報メディアに絡める」ために試行錯誤した末の破綻だと思う。せつない。

S.H「映像権利管理団体の設立について~市民メディアとしての映像制作を巡る現状から~」
自身の経験とゼミでの勉強を接続して、意欲的な提言としてまとめたと思う。「本当にこういう組織が必要な背景があるのか?」という指摘がずいぶんあり、それに適切に答えられなかった。本当は質問も妥当ではないのだけど、権利管理団体の動きや、権利処理が必要になる背景を十分に理解し、内外の動きを整理してあれば、十分その質問には答えられたはず。あのやりとりは、間接的に準備不足を露呈させた。
論文前半では、「市民がビデオカメラを持ち、発信するようになった」という現象を説明していたが、個人的にはあれほどの記述はいらなかったと思う。それだったら、既存メディアの権利処理のプロセスとの対比を、詳細に検討した上で明確にしたほうがよかったと思う。
それと、団体の設立を「提案」するのであれば、どうしたら持続可能な団体となるのか。その点に明確な答えるべきだった。どう考えてもJASRACのような大きな団体にはなりえないのであるから、それとは異なるにしても、どのようにしたら存続させることができるか、「提案」というからにはそこまで踏み込むべきだろう。

T.K「宗谷黒牛の発展を目指して~マーケティングの観点を通して~」
「マーケティングの観点」を学んでいるうちに終わってしまった感がある。「宗谷黒牛」という商品の属性が、分析を難しくしていたと思うが、出発点が「宗谷黒牛」であって「マーケティング」ではなかっただから、それは仕方がないし、提案した僕の責任だと思う。一方で、「お前は宗谷黒牛の何を知っているのか?」という声にたえられなかったのは意外だった。もっと早く「マーケティング」の勉強は終わって、「適用」のためのヒアリングに時間を割くべきだった。それをリードできなかったという意味では、僕の責任も感じる。
一番残念だったのは、最終的な「メディア戦略」の部分で、結局具体的な提言が弱かったということ。そこで、発信されるべき「コンテンツ」の理念型を示すことができれば、もっとよかった。そこまでいかないにしても、もう少し具体的に、たとえば雑誌ならばどのような雑誌に、どのような内容と形態で掲載するのかという、具体的な戦術に踏み込むことができれば、相当面白かったはず。
蛇足ながら、こういう制作を伴うものをすべてを「表現」というカテゴリーに押し込めてしまったところに、三系構想の失敗がある。教員の「専門性」という言葉が妥当する領域があるとは思うが、実際には「啓蒙」と「スケジュール管理」と「相談役」をやることになる研究が多いのだから、むしろ教員の「専門性」が優秀な学生の「系」にとらわれない取り組みに及ぼす影響に、もっと目を向けないと。学生は勝手にそういう垣根を越えて、勝手にやるべし。あ、評価の話がどっかにいっちゃいました。

Y.N「キャッシュに関する著作権法上の問題-『一時的蓄積』概念を中心に」
とにかくはじめるのが遅かった。4年間コツコツ著作権を学び、それなりの知識の蓄積があったので、インプット、アウトプットともに、これまで見てきた学生の中で、もっともスムーズであった。しかし、スタートが遅かったために、論点整理の後の展開について、じっくり議論して、説得力ある結論を出すまでにいたらなかった。しかし「専門性」を標榜する自分でもそういうことを感じるわけで、なんら卑下する必要はない。学部生の論文としては非常にいい論文になったと思う。むしろ「専門性」を標榜しながら、同じような経験があって、共感してしまう自分が、もっと反省すべきなのだろう。
外国法制を参照したことはいいのだけど、「ハーモナイゼーション」を当たり前の前提としてしまったのは、少し配慮が足りなかったか。たしかに政府が持ち出す「ハーモナイゼーション」は、都合よく外国法制を引き合いに出すときの方便に用いられることが多く、今回の論文もたしかにそういう「都合のよさ」が見られる。ただ、今回の論文はインターネット上で用いられるキャッシュ技術がもたらす問題に焦点を当てており、独自法制がイノベーションを不当に妨げる要因だとすれば、「ハーモナイゼーション」といわずとも、外国法制を参照して考えるべき課題なのであって、あまり立ち止まって考えすぎるのも現実的ではないだろう。
それと学際的関心、とりわけ開発に取り組む学生たちの関心にこたえたかどうか。この点は、無難ではあるが必ずしも明快とはいえない論点整理の部分はもちろんのこと、具体的な技術動向に即した研究になれば、さらに良かった。CRICの論文賞には、ぜひ加筆修正の上、チャレンジしてほしい。


デシベル代理戦争

ココロは新人 - 上流設計88の課題と解決法: オピニオン = 「デシベル」 or 「情」

「そういえば似たようなことが書いてあったな」と思い出して、読み直している。

「代理戦争」はやだなあ。
「彼ら」には関係ないんだから。
でもあのやり方はどうなんだ?

ということを、毎年この時期ちょっとだけ思っていた。
そもそも制度趣旨にあまり賛成できないので、大して興味がないのだけど、「彼ら」の不利益にならないよう、できる限り客観的な目で、デシベル派の意見を眺めようと思っている。デシベル派といっても、デシベルだけじゃなくて、それなりに予防線、伏線のある、巧みな戦術で来るので、他のメンバーが「良識ある人々」を表面上標榜している限りにおいては、なかなかその戦術を覆すのは難しいし、そもそも他のメンバーはあまり関心がなく、穏やかにその場が流れればいいと思っているようなふしがある。

「彼ら」に火の粉が飛ばないようにしているつもりだけど、でもそれは「知らぬが仏」というだけのこと。実際には毎年ちょっとずつ、ただれさせてしまっている。申し訳ない。
といいながら、僕も「彼ら」予断を持って接していて、彼らのうちの近くにいる者たちだけに、ああやって愛情を注いでしまっちゃうことがあるんだろうなあ。少なくともそういう風に見られてしまっている可能性はあるなあ。と「他山の石」でもある。

小さな世界の小さな出来事にこだわらない。
というモットーを掲げてはいるのだけど、たまにやってくるこの手の「せつなさ」には、どうしても抗いがたい。考えれば考えるほど、「代理戦争」を回避しながら、有効な外交的解決ができたんじゃないかということになり、眠れなくなってしまう。

「個人-小集団-大集団」という構造の中にあって、個人の恣意性を排除するために小集団を作ったはずなのに、結局は「集団」の中で「個人」が横行してしまう。強力な指揮命令系統を持たず、システマティックであることよりも「ほんわか」とした柔軟性が愛されてしまうような小さな組織では、実は「個人」のおかしな理屈があちこちでまかり通ってしまい、結果周りの人たちがぐったりしてしまうことも多い。もちろん「ぐったり」にとどまらず、組織自体もおかしな相矛盾する行動準則をどんどん量産してしまい、迷走することになる。

実は組織や組織構成員の間のバランスオブパワーとかポリティクスには、もっとも関心がなくて、むしろ長期的関係を維持している「顧客」としての「彼ら」の未来のほうがよっぽど心配な僕なのであるが、デシベル代理戦争から距離を置こうとしても、結局はデシベルに侵されてしまっているのかもしれない。で、それを間接的に解決するような組織のあり方について、一番関心がないのに一番考えてしまっているのかな。なんだかばかばかしい。

UMLの話がこの前も出たのだけど、SMEs内部で「個人」を尊重しながら、適切な意思決定を行うためのサービスってできないもんですかね。技術は「利用者本位」で、というのは、こういうところでもあてはまる。


2005/02/08

わっくほっく徒然日記: わくほくではありえないシステム?

わっくほっく徒然日記: わくほくではありえないシステム?

「きらり」のエントリーで、wakhokのシステムの柔軟さをやや批判的に書いたのだが、案外東京サテライトでそういうことが評価されていたりして。
サテライトの運営も、Face to faceでやってる「ほんわか稚内システム」を移植した形になっていて、僕はハラハラしてしまうのだけど、東京に稚内を「輸出」すると、東京の人たちはそこに「東京で忘れられがちなもの」を見出して、意外と喜んでくれるということかなあ。

そうじゃなくて、実態がそういうこじんまりとしているだけか。


「メディアと社会」総合研究

稚内北星学園大学では、4年次必修で「総合研究」という科目がおかれている。ようするに、「卒論」なのだけど、「メディアとソフトウェア」分野ではプログラミングなどの成果物、「メディアと表現」分野では、作られた作品が主たる評価の対象となるので、こういう名前になっている。でも、「卒業研究」の略語である「卒研」という言葉も使われていたりして、あまり一貫性がない。

僕の所属する「メディアと社会」分野でも、さまざまな成果物の形式を排除していないものの、これまで「論文」以外の成果物は出てきていない。

僕は、分野ごとに分かれる成果発表の形式にも不満があるし、そもそも4年生になっていきなりこんな大仰な取り組みをさせることにも、毎年違和感を感じている。「分野ごとに」というやり方は、すでに下の学年ではカリキュラムが改正されたけど。。。
と、この話を書き始めると、だんだん過激になってしまうのでこの辺でやめておこう。。。

明日は朝から、「メディアと社会」の発表会だ。
僕のゼミからも、6人が登壇する。お楽しみに。。。(といっていい)?

毎年4年目になって「社会」に流れてくる学生たちの中には、学部教育の内容とは全然関係ない「なんじゃそりゃ?」というテーマを設定する学生がいる。そういう学生たちが必ずいうのは、「情報と関連付けないとだめなんですか?」という言葉。僕は「そうだ」と答えるけれども、そうなった時点で、実はもはや手遅れだ。
要するに学部教育で学びとって、興味を持ったことが何もないのだ。3年間行われてきた授業を相互に関連付けて理解し、その中で自分なりの考えを深めてきたならば、およそそんなに外れないところでテーマを見つけ出すはずなのに。それらは、僕らが行ってきた教育内容を映し出す「鏡」なのだろうなあ。

ちなみに僕も大学3年のときに西洋法史のゼミで、なぜかマックス・ウェーバーを読み、法学部の王道である法解釈学に疑念を持った経験があるので、そういう学生たちの気持ちはなんとなくわかる。でも、これだけ間口の広い「情報メディア」学部で、それでもあえて「このテーマでいいのか?」と思わせるテーマでの「異種格闘技」戦を選んだのならば、それなりに理論武装をして、「そこまでいうなら仕方がない」とみんなに言わせてほしい。


バツの悪い再会代行SNS

どうもGREEよりもmixiのほうが、元気ができてたようだ。
レイアウトが整理されていないせいで、ついつい余計な情報まで見えてしまうGREEが、かえって個人的には好きだったのだけど。がんばって整理してしまったせいで、特性が失われてしまったような気がする。

高校の同期とか昔WEBチャット草創期の知り合いと、最近mixiで再会している。

この前口頭試問をやった別のゼミの学生が、チャットには、日常生活とは異なる「一期一会」があると書いていた。
街で再会しても「ああまた会った」という程度にしか思わないのに対して、匿名のインターネット上では、再会の感動が非常に大きいのだそうだ。あ、二度会ってるから「一期一会」じゃないか。

僕が思ったのは、それって「稚内」感覚だなってこと。昔の友達と新宿駅ですれちがったことは何度かあって、そういう時には少なからぬ感動があった。稚内だとたしかにそれはない。店でばったり会っても、またすぐ会いそうだしね。いや、でも普通の勤め人には、稚内でも同じような現象が起こってるのかもしれない。

さて話を戻して。
この「新宿駅での再会」で困るのは、お互いの記憶の度合いが必ずしも一致しないこと。
記憶があいまいでも、結構仲がよかったというならばまだいい。友達というより知り合いというのが妥当な関係であった場合には、特に大変だ。「えーと、お名前は。。。」とぎこちない会話になり、相手が明確に覚えていたりするとこちらの立場が。。。ということになる。

SNSはこの「微妙な知り合い」との再会にはすごく適している(mixiで再会した人がみな「微妙な知り合い」というわけではないです)。間接的で、しかも白々しい「ひさしぶりー」といった会話を交わすこともなく、「足あと」だけが残っているってこともありうるわけだ。もちろん「足あと」が残っているということに、「どういう気持ちで無言で足跡だけ残したんだ?」という不安感が生じる可能性もある。でも、彼/彼女も元気でやってるんだなあという生存確認ができて、多少過去の良かったり悪かったりする記憶が呼び戻されるという時間を、それぞれすごすことができる。

もう一人、「バーチャルコミュニティ」を研究したこれまた別のゼミの学生は、SNSを会員制の「ムラ」社会と称し、機能分化した、その場限りで都合よく選ばれたネットコミュニケーションのひとつとして、とりあげていた。たしかに、会員制という意味ではそうなんだけど、内側にいる10万人のユーザが感じているものは、全く違うものではないかと思う。
友達と一緒にいて、その友達の別の友達が現れて、彼らの話している会話に立ち入らないけど中身が微妙に聞こえちゃう状況。そんなに興味なかったんだけど、電車の向かいの席に座っている人の本のタイトルが見えちゃったり、ヘッドホンからもれる音が聞こえちゃったりして、妙に気になってしまう状況。

そこそこ素性を明かしながら、微妙に連なるネットワークだというのがポイントになるんじゃないかと思う。
「袖触れ合い」ネットワーキング、というのが、正直な実感。

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