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2005年10月23日 - 2005年10月29日

2005/10/26

選択の季節

あまり大きすぎる目標を掲げることなく、そこにつきつけられた問題に対処して、その積み重ねが結果的に大きなものになったらいい。そうなったらなったでいいし、ならなかったらそれはそれとして「経験」として受け止めよう。選択したのは結局自分だ。

昔からそうだったのかどうか、自分ではもうよくわからないが、いつのまにかそんな風に考えるようになっていた。

十数年前、大学院に入ることにした時には、もうちょっと大きな理想を掲げていたのだと思う。だからおそらく、大学院生活の先にある厳しい現実を見てから、考えを変えたのかもしれない。以来節目節目の選択ですら、基本的な考え方は超現実的なものになっていった。実は細かいところでは、非現実的なところがまだ生きているので、一貫してはいないのだけど。

先日、NYから突然かかってきた電話には、少し考えさせられた。僕から見ると順風満帆な彼の人生にも、同じような、あるいは、コインの表裏のような、悩みが潜んでいた。うまく整理はできないけれど、たくさんの「トレードオフ状態」にぶつかり、それぞれのバランスに悩みながら、その実その調整をするような余裕は与えられていない、というのが、学部を出てからこれまでの自分たちだったということかもしれない。

きっとそういう場面での自分の「選択」というのは、これまでも他人にいろいろな迷惑をかけてきたのだろう。つきつけられた現実に、切羽詰まって対処して、切羽詰まっていたことを免罪符にして、その「選択」を正当化して。ここから同じことを繰り返していった先に見えるのは、この開き直りが、大きな揺れ幅となって、今まで以上にまわりに大きな影響を及ぼす状態だ。もうそういう立場なのだということに、早く気がつくべきだという声も聞こえている。ただもう一方では、自分では大きく揺れているように見えて、実はそれがある種の自惚れた自己満足に過ぎず、実際には周りの誰も揺れには気がついていない、という状態もうすぼんやりと見えている。どちらも半分ずつ正しいような気がする。

揺れても揺れはいずれ収まる。倒れた家具は、もう一度、元の位置に戻せばいい。倒れて困るものは転倒防止をしておくべきだった。揺らした僕にとっては、揺れないわけにはいかない状態があった。割り切って前に進むしかないような気がする。振り向いても実は何も変わっていないのに、振り向くのが怖くて、振り向かないかもしれない。

今年の学園祭も、一戸ゼミの模擬店では、そこそこの利益があがった。学生たちは、がんばった人、がんばらなかった人、がんばり方がわからなかった人、今年もいろいろだった。たかが学園祭、なんだけど、学生たちの普段見ることができない一面や、普段見逃している一面も見ることができた。他店の動きをつかみ、分析し、自分たちをいかに差別化できるか。僕はそういうビジネスライクな人間じゃないと思うのだけど、もっとシビアに自己分析をして、自分自身を他の人と差別化できるようになってほしいと願うからこそ、そして目の前にいる学生たちがそうじゃないからこそ、あえてわざと、その点を強調しているように思う。

そう。学生たちに対して思っていることは、きっとそのまま、今の自分にも当てはまるわけだ。

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